2012年06月25日

延滞料

「37歳で医者になった僕」
おとといのクイズの答え。
ドラマ中の、すずの生涯最後の手話は、
「延滞料」でした。笑

入院しても、病気が重くなっても、
最後まで気にしたDVDの「延滞料」。
そして、声で話せたのは「寝ぐせ」。
最後まで、普通を貫いて、
さりげなく逝ったすず。
私も、ある意味、意外な展開の最終回で、
古家さんにしてやられました。笑

延滞.jpg
『延滞』
両手をつまんで、横に引く動きは、
「延期」「延長」「時間が延びる」を意味します。

料金.jpg
『料』
手をお金の形(OKマーク)にして、ひらひら振ると、
「お金」「料金」「金額」などの意味になります。

ミムラさんは、
日を追うごとに、手話がどんどんうまくなって、
表情の切り返しも含め、
手話らしさがどんどん深まって行って、
すばらしかったです。

最後のレッスンでは、
この「延滞料」に、妙にはまって、
みんなで大笑いして、
「これが、最後の手話だから!!
しっかり、がんばりましょう。」
なんて、励まし合って、
そして、最後のシーンに突入したのでありました!!

この、延滞/延期、お金/料金、という手話は、
確かに、日ごろよく出てくる単語ですので、
手話を勉強中のあなたも、
覚えておきましょう。笑

そういえば、以前、
ほんの2〜30円くらいの貸しマンガを、数冊、
忘れて、3ヶ月くらい借りっぱなしにしていたら、
「延滞料」が、7〜8000円になっていて、
返すとき、受付のおばさんが!!
「んまあっ! まあっ!
こ…こんなになって・・・、こんなにお高い金額に!!」
と、妙に上品な口調で、絶句されたことがあります。汗&笑
三軒茶屋の小さな貸本屋さんで、
そのお店は、今はもうありません。
本屋さんが閉店する前に返せてよかった!!汗
気をつけましょう!!

今日から、
また、別の仕事がいくつか、本格始動です!!
夜が明けたら、
いっそがしくなるぞ〜〜〜〜〜〜っ!!

スカイツリー.jpg
週末、浅草から見た、スカイツリー!!
posted by 南 瑠霞 at 01:13| 東京 ☀| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月23日

本当にありがとうございました。

「37歳で医者になった僕」

打ち上げの二次会で、みなさんが、
SMAPの歌をたくさん歌い、
草gさんも、役者のみなさんも一緒に盛り上がり、
そして、草gさんが最後に選んだ歌は、
サカナクション「僕と花」だった。

ミムラさんが、
南さんも一緒に歌おう!と言ってくださり、
サカナクションの歌に、手話をつけた。

♪〜 夜が手を伸ばし、そっと引っ張って、
また何か言おうとしてるから、
つまりは、ぼくの目は、花 探してた 〜♪

斉藤さんや、八乙女君や、ミムラさんや、水川さんや、
それから、とぼけた先輩医師役だった大竹浩一さんも、
とにかく、みなさん、一緒に手話をまねて歌ってくださって、
この3ヶ月で、多くの人が、
私たちもまた仲間だと、思ってくれたのだと、
嬉しかった。

この現場で、ろう者の冬菜ちゃんも、また、
暖かく迎えられ、仕事が貫けたこと、
嬉しく、誇りに思った。
冬菜ちゃん、本当に、3ヶ月間お疲れ様。
現場に入り、冬菜ちゃんの通訳をし続けてくれた、
マネージャーのはっちゃんも、お疲れ様。
みんなのおかげで、
最後まで、一生懸命仕事をさせてもらえたこと、
感謝します。

最後に冬菜ちゃんは、ちゃんと同年代の、
八乙女君や、桐山君とも、ご挨拶できたし、
私達は、皆さんに優しさをいただいて、
暖かき現場を卒業いたしました。

みんなを、まとめた草gさんは、
まさに、芝居で言うところの座長だった。
主役は、先頭に立ち、
現場を盛り上げ、みんなに声をかけ・・・
桐山君や水川さんも言っておられるように、
草gさんは、
いつも控室で、みんなに自分の作った料理をふるまったり、
それがまた、けして豪華すぎず、さりげなく・・・

ドラマの中で、
祐太の部屋に、若いお医者さん達が集まって、
ワイワイやっていたあの光景は、
控室でも、繰り広げられ・・・

打ち上げでは、プロデューサーさんや、監督さん、
脚本の古家さんもまた、
「祐太の役は、草gくんにしかできなかったと思う。
ありがとう!」
と、声をかけたように、
草gさんは、やさしさをこめて、祐太を演じたと思った。

草gさんが、最後の締めくくりに「僕と花」を選んだのも、
座長としての、暖かき感謝の思いからであったろうことは、
想像に難くない。

みんなが、優しくなれたドラマで、
みんなが、やさしさの中に熱き思いそそぎ、
多くのキャスト・スタッフの皆さんとともに、
このドラマに参加させていただいたこと、
心より感謝申し上げます。

そろそろ私も、現実世界に戻り、
また、次の現場に飛んで行こう!!

それにしても、ミムラさん、
白雪姫みたいな人だったなあ・・・・
すずは、天国で、大きな白い翼をつけ、
雲の上から、微笑んで、
祐太たちを見守っているに違いない。

あ、
そんなすずが、ドラマの中で、
生涯最後に表現した手話は、
何だったでしょう?
(回想シーンは、時系列的に、生前早期になるので含めない)
何だったでしょうかねえ・・・・
この手話に、私は、古家さんの大事にした
「普通」が、あらわれていると思いました。

東京タワー.jpg
(打ち上げの日の東京の空)

さて、夏には、私達の演ずる「手話ミュージカル」も、
行われます。
( 情報は、近々、ここにアップされます。
http://www.kiirogumi.net/ ぜひ、見てくださいね!! )
ここから、その準備も、かなり過酷になってきます。
興味を持ってくださった方、よかったら、応援してください。
ありがとうございました。

手話ミュージカル!!.jpg
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月22日

まだ 〜ない

「37歳で医者になった僕」
今回、ドラマで手話コーディネートを担当させていただき、
翻訳において、いくつか苦労した点がありました。

このブログで、何度も紹介させていただいている
「音声対応手話」と「日本手話」
(* 関連記事は、こちら
「ミムラさん(すず)の手話」 http://minamiruruka.seesaa.net/article/265055421.html
「失声症の方と手話」 http://minamiruruka.seesaa.net/article/269049831.html
「いろんな手話」 http://minamiruruka.seesaa.net/article/272491392.html )
この違いが、明らかに出る文例が、セリフの中にいくつか出てきました。

その一つが、「まだ〜ない」という表現です。

日本語では、この、「まだ」
「まだ、食べてない」「まだ、買ってない。」など、
後ろに「〜ない」の否定が来る場合も、
「まだ、やることがたくさんある」「まだ、大丈夫」など、
後ろに、肯定が来る場合も、使います。

ところが、ネイティブのろう者の日本手話では、
この「まだ」、
使い方も、用いる個所も、ちょっと違います。

まず、語順。
日本手話では、
「まだ、食べてない」は、
「食べる」「まだ」とあらわすほうが、ナチュラル。
「まだ、買ってない」も、
「買う」「まだ」と表現したほうが、自然に近い。

また、手話の「まだ」には、
「目標地点に届いてない」、「足りない」
という、ニュアンスがありますから、
「買ってない」「行ってない」など、
否定形にはつくことがあっても、
「まだまだ、時間がある」「まだ、やれる。」など、
「たくさんある」「もっとできる」という意味合いの文には、
基本、用いられません。
もしこれを、
「たくさん」「まだ」とあらわしたら、ある意味「数が足りない」
「できる」「まだ」では、「やれる力に到達していない」
とも読まれかねず、
意味が、全く逆転して伝わってしまうこともあります。汗

ですから、肯定の意味合いの強い文の場合、
日本手話では、「まだ」という単語は基本的に用いられません。
「まだ、たくさんある」「まだ、できる」という文は、
日本手話では、
「たくさん『残り』がある」「『もっと』できる」、
または、「『まだ』に当たる部分を表さず、意訳する」などが、
よりナチュラルということになります。

さて、ここまで考えて来ると・・・・
皆さんにも、思い当たる個所があるかと思います。

9話で、ミムラさん演じるすずが、病室で祐太に、
「元気になったら・・・
やらなきゃいけないことが、まだまだたくさんある」と
話すくだりがあります。
ココ・・・・私達は、翻訳するとき、
ちょっと、迷いました。
この「まだ」は、日本手話では使わない『まだ』・・・汗!

でも、このドラマでは、
すずの頭の中は基本的に完全なる「日本語」であり、
彼女が使う手話は「音声対応手話」。
体を横たえ、自分の思いを一生懸命話す すずに、
このシーンで、日本手話的言い回しを強いるのは、
ドラマ的にナチュラルではないと判断、
私達は、そのまま、
「まだまだ」「たくさん」「ある」
と、手話をつけさせていただいています。

病院.jpg

今回のドラマを通じて、
改めて、「音声対応手話」と「日本手話」について
いろいろ考えさせていただくチャンスをいただき、
とても、よかったと感じています。

私が、若き頃、
ろうの友達と、はしゃぎまわって覚えた手話は、
今、様々な方が、様々な形で学び、
多くの人が、
コミュニケーションを豊かにする方法の一つとして、
大事に愛して、使っておられること、
教えていただきました。

ろうの人たちが、長い歴史と積み重ねの中で、
生み出し、つなぎ、伝え、育ててきた手話について、
これからも、皆さんと共に考えていければと、思います。
ありがとうございます。
posted by 南 瑠霞 at 12:11| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月21日

手話をドラマに取り入れるにあたって

「37歳で医者になった僕」
ドラマも終了し、だいぶ落ち着いてきましたね。

今回は、ドラマに手話を取り入れるにあたって、
特にお礼をお伝えしたい、
メインスタッフの皆さんが、いらっしゃいます。

まず、プロデューサーの、木村淳さん。
脚本が、次々、上がってくる中、
ていねいに、一つ一つの手話訳にも目を通し、
今回、手話における重大なテーマであった
「音声対応手話」についても、共に、ディスカッションし、
最後まで、一緒に、手話のセリフに寄り添って下さったこと、
心より感謝申し上げます。
(* 『音声対応手話』についての記事は、
「ミムラさん(すず)の手話」http://minamiruruka.seesaa.net/article/265055421.html
「失声症の方と手話」http://minamiruruka.seesaa.net/article/269049831.html
「いろんな手話」http://minamiruruka.seesaa.net/article/272491392.html )

音声のセリフと、手話のセリフが、どうしても一致せず、
翻訳に行き詰ったときも、現場で私達と一緒に時間を取り、
どう調整するかを、脚本面や、監督さん達と話しあっていただき、
手話表現を尊重する決断を下してくださいました。
( 実は、このドラマの中で、一カ所だけ、どうしても、すずの手話が、
日本語の言い回し通りに、表現できない個所がありました。
〔…つまり、音声対応手話では、対処できない手話表現があった。〕
その結果、手話は手話として素直な表現を用い、
意訳した日本語の字幕がついたシーンがあったのです。
気づかれた方、いらっしゃいましたか? )
このほか、木村さんには、手話における様々な場面で、
たくさんの励まし等をいただき、
私達が、動きやすい環境を作っていただきました。
本当に、お世話になりました。ありがとうございました。

それから、M監督こと(笑)、三宅喜重 監督。
役者さん達の、最初の手話の授業から、すべて立ち会い、
冬菜ちゃんの、ろう者ならではの様々な体験談も、
笑いながらお聞きいただき、
「本当に、手話って、表情が豊かですね。」と、
しみじみ言って下さったあの日から、3か月。
手話シーンには、必ず、私達の意見を取り入れ、
最後まで、共に考え、撮影して下さったこと、心より感謝いたします。

そして、とても大声で、ろう者の冬菜ちゃんの耳にも、「カーットッ!!」
の声が飛びあがるほど響いた S監督こと(笑)、白木啓一郎 監督。
手話シーンでは、いつも、撮影画面のこちらから、
役者さんと同時に、セリフの手話を、表現しておられました。
私達が準備した手話訳を、覚えて、撮影に臨んでおられたんですよね。
驚きました。本当に、ありがとうございました。

それから、いつも、手話が画面にうまくおさまるとか、おさまらないとか、
ロケのたびに、現場で相談し続けた 撮影の 中山秀一さん。
打ち上げの時、わざわざ声をかけて下さって、
「手話をうまくとらえきれない場面もあり、すみません。」と言っていただき、
驚くとともに、又、こうしたカメラの方も、手話をいかに撮るかと、
共に、悩んだり考えたりしておられたのだと感じ、
心が通じ合えたような思いがいたしました。ありがとうございます。

そのほか、ラインプロデュース大城さん、記録の方々、
各助監督の皆さん、カメラ、音声、
衣装、メイク、美術、道具、制作のみなさん、などなど・・・・・・・、
現場では、ほぼすべてのスタッフの方が、
「おはようございます」「お疲れ様」の手話を覚えていただき、
毎日毎日、笑って、この手話を表現し続けて下さったこと、
本当に、ありがとうございました。

そして!!
私達にとって、もっとも、身近にいた 
手話担当の アシスタントプロデューサー 山下有為さん。
私達の今回の仕事は、年末、山下さんの連絡から、はじまりました。笑
「なにもわからないので、教えて下さい。」
そう言って下さり、共に手話についてのプランを考え、
私達のお伝えした通り、監督他キャストの皆さんの、
基礎手話講座から、全てスタートする段取りを整えていただき、
本当に、ありがとうございました。
山下さんのおかげで、多くの皆さんと、情報を共有し、
皆さんが、一緒に「手話のなんたるか」を問いながら、
撮影をしていただくことができたと思っています。

最後に、
私達の手話翻訳・指導に、常に付き添い、
脚本の不明点があれば、脚本の方や、プロデューサーさんに問い、
役者さんの手話レッスンの全てに立ち会い、共に手話を覚え、
最後まで、私達と、手話シーンの全てをご一緒して下さった
助監督 田中耕司さん。
この3カ月あまり、たくさんの方との間に立ち、
私達が、自由に動き回れるよう
配慮して下さったこと、心より感謝申し上げます。
私達は、田中さんを入れ、4人が手話チームであったと思っています。
ありがとうございました。

このほか、
もっともっと、いろんな方のお名前を呼びたい気持ちでいっぱいですが、
なんともう、この撮影チームも、すでに解散。
皆さん、それぞれ、違ったドラマ・番組作りに、
走りまわっておられます。笑
又、皆さんの作った新しいドラマ、拝見しますね。
私達、手話あいらんども、これからますます頑張っていきたいと思います。
どうぞ、今後とも、よろしくお願いします。
本当に、ありがとうございました。

木々.jpg
今日も、関東は、梅雨が続く。

ajisai.jpg
あじさい

ruyukusa.jpg
つゆ草

( 南 瑠霞「37歳で医者になった僕」今だから言えること、
まだ少しだけ続く・・・かも・・・汗&笑 )
posted by 南 瑠霞 at 23:01| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミムラさんと手話

「37歳で医者になった僕」
たくさんの方に、ブログを見に来ていただき、
ありがとうございます。
ドラマを終了し、
みなさんから、励ましや、お疲れ様の言葉もたくさんいただき、
感謝しております。

バラ園.jpg
(撮影現場となった病院中庭。満開のバラ)

今回、ドラマでは、
ミムラさんが、
すずとして、ほぼすべてのセリフを手話でお話しされました。

私が好きだった手話は、
やはり、10話の病院の中庭の
バラの花園シーンで、話されたものです。
あの場で、すずと、研修医の瑞希との間には、
いろんな会話が交わされたのですが、
その中でも、すずが、
「・・・今のほうがちゃんと見えてる気がする。
空とか、花とか・・」
と、言った
「空」と「花」という手話です。

え?なんだ・・・
ドラマで、すずは、あんなに、いろんな思いを切々と
様々な場面で語ったのに、
南さんが、好きなのは、空と花?
と、お思いの方もおられるかもしれません。

もちろん、「空」「花」という単語は、
手話では比較的簡単で、
腕をあげて、てのひらで空をなぞるように動かせば「空」
幼稚園でも、みんなでやった、
あのお花の形を両手で表せば「花」になります。

でも、だからこそあの手話は、難しかった・・・
と、私は思っています。
あの手話は、手の形や動かし方さえ間違えず、
キチンと頑張って表現すれば、
中身は、正しく伝えられたはずです。

ただ、ミムラさんは、あの手話を、
空間的、視覚的に豊かにとらえ、
ごく自然に、伝えていたのです。
多くの人が、手話の空間表現に苦労する中、
あの手話は、生きた言葉だった。

あのセリフの時、
ミムラさんは、あの場に吹く風を感じながら、
ちゃんと、あの中庭から見上げた空と、
目の前で揺れる花を、意識の中でとらえながら、
「空」「花」と表現していました。
だから、あのセリフが、見る人の目にも、
花園の空間と一緒になって、
画面から飛び込んできたことと思います。

『今、ここにある空』 と 心の中で感じながら「空」。
『今、目の前に揺れている花』 を、側らにとらえながら「花」。
あの時、ミムラさんは、手話を、手の形だけで表すのでなく、
心で話しているように、私には、感じられました。

もちろん、このほか、すずが、
7話で「あなたといると、治りたいって思わなければいけない・・」と、
大事な決意を、伝えた夜の港。
10話の病床で語った、
「祐太さんと・・・今を生きたい。」という、まっすぐな気持ちなど、
心に残る手話シーンは、たくさんありました。

でも、担当者として「手話」を追いかけた時、
私が、とても大事に感じたのは、
ダントツ ミムラさんの表わした「空」と「花」でした!

私にとっては、あのシーンが、
今回のドラマで、ミムラさんに、
手話指導をさせてもらって、良かったと、
心に落ちた瞬間だったのです。

確かに、ミムラさんのおっしゃるように
(前日の日記に書かせていただいています)、
私達は、いつしか、
言葉を大事に話すことを、忘れているときがあるかもしれません。
ただ、音にして、相手にはなち、
相手も又、音でとらえ、
言葉の重みや、目の前の風景など、なかったことにして、
手短かにすませてしまうことも、たくさんあるでしょう。

そんな中、脚本家の古家さんが、
絵のあるせりふを生みだし、
撮影チームが、現場に、あの高台の中庭を選び、
そして、ミムラさんが、
その風景をとらえたからこそ生まれた
手話の「空」と「花」。

手話を学ぶものなら、
だれもがそう表したいと願っているであろう
「空」と「花」が、ミムラさんの手の中にありました。

あのシーンは、花も風景も美しかったけれど、
ミムラさんの手話も美しかった。
だから、私は、あのシーンが、好きです。

ちまたでは、多くの方が、
ミムラさんの、手話の表情が豊かで素敵だったとお話しされています。
表情の豊かさは、もちろん、手話の美しき特徴の一つでもありますが、
今回のドラマでは、
ミムラさんが、空間と思いをとらえ、
自分の言葉として、表現したからこその、
こぼれるような表情であったと、私は思っています。

ミムラさん、
本当に、素敵な3か月をありがとうございました。
今ここにいても、又、もう一度握手させていただきたい気持ちです。
すず、お疲れさまでした。

花.jpg
主題歌サカナクションの歌のタイトル「僕と花」にも出てくる言葉
「花」の手話。あなたも、手で表現してみてください。
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月20日

草なぎさん ミムラさん 水川さん

「37歳で医者になった僕」
ドラマが最終回を終えました。
静かに心に残るストーリーとなりましたね。
このようなドラマにかかわらせていただいて、
心から感謝しております。

今回、ドラマで、手話に触れてくださったのは、
草なぎさん、ミムラさん、水川さん、
3人の役者さんでした。

ドラマが始まる少し前、
この3人の皆さんと手話レッスンを始めたことを、
今でも、思い出します。

今回のセリフのほぼすべてが手話だったミムラさんは、
『 音声で芝居することに慣れてしまうと、
手話での演技はまた、新たなチャレンジであり、
心の中のセリフの置き方も、身の動かし方も、
違っていて、とても勉強になった。』
と、おっしゃっていました。
ミムラさんは、最初、ゼロの状態から、
ろう者スタッフの冬菜ちゃんと話し始め、
1話ごとに、様々な手話で演じ、
だんだん、普段の会話も手話で通じるようになり、
最後には、打ち上げのご挨拶も、
かなりの部分を手話で、お話してくださいました。
(もちろん、打ち上げでは、声付きで/笑)
セリフの手話についても、もちろんがんばられましたが、
それ以上に、手話に思いを寄せ、
なぜ、このように訳されたのか、
ここは、手話的にはどういう言い回しになっているのかなどを、
自分のものとされ、
また、普段の会話の中での、本来の使い方にも応用され、
撮影中、ずっと、わたくしたち手話スタッフとともに、
手話の空間に、身を置いてくださったこと、
心から感謝申し上げます。
演技のすずのみならず、生身のミムラさんもまた、
繊細で、人のことを多く気遣い、
些細なことにも、目を向ける、芯の強い方であったこと、
お会いし、時を過ごすとともに、
思いを強くいたしました。
本当に、ありがとうございます。

水川あさみさんは、
本当に、明るく元気な性格で、
最初の授業から、
手話の一つ一つに目を丸くし、
感動し、大声で話し、
同じく大きな手話で話し(笑)、
これが、あのクールな演技になるのだろうか・・・と
余計な心配をしていたら(汗&ゴメンナサイ/笑)、
本番は、瑞希になりきり、
あの手から、全く違う性格の手話が飛び出したときには、
本当に、驚きました!!
いつも、笑って、たくさん元気に話し、
ろう者の冬菜ちゃんとは、
「パンツ丸見え〜」の手遊びをし(笑)、
また、どんなことも、明るく質問いただき、
現場での緊張を、大いに解き放っていただいて、
本当に、ありがとうございました!!
最後の、瑞希の長い手話のセリフ、
実は、あれが、私たち手話スタッフの、
オールアップでした。
本番まで、何度も「元気に」確認し、
数日で、2〜30回練習して、あの墓石に立った時、
やっぱり水川さんは、
あのキャハハハ・・と笑う水川さんではなく、
ちょっと不器用でクールな研修医、
瑞希になっていた!!(驚&笑)
あの日の空と風は、初夏でしたね。
3ヶ月、とてもいい時間をいただきました。
本当に、ありがとうございます。

草gさんは、最初から、
とても、気さくな方で、
「へえ、草gって、こうやるの? 剛はこうか・・・」
と、冬菜ちゃんの手の動きをまねて、
すんなりと手話に入っていただき、
また、どんなにあわただしいときも、
私たち手話スタッフに会うと、にっこり笑って、
手話で「おはようございます」と声をかけてくださり、
そしてまた、寝る時間がなくて、
とても疲れていたときも、
誰にも怒ることなく、やさしい顔を向け、
私や冬菜ちゃんが、手話で話しかけても、
習ったことのない手話を、どうやって感じ取るのか、
意外にいろんなことが通じて、
ちょっとエスパーのよなところがあり(笑)、
一緒に笑ってくださり、
手話のセリフが、少なかったにも関わらず、
それ以上に、たくさんの時間を共有させていただき、
白衣の白、いさぎよい思い、
正しさをシンプルに信じる心を、
まっすぐに、いただきました。
ドラマの笑顔も、ご本人の笑顔も、素敵でした!!
本当に、3ヶ月間、
ありがとうございました。

また、現場では、
それぞれの皆さんの、マネージャーの方々にも、
同様に、たいへんお世話になりました。
役者さんたちと一緒に、手話を覚えてくださり、
私たちとも、手話で話し、
また、いろんなお気遣いをいただき、
たくさんのお心を頂戴したこと、
心より感謝申し上げます。

桜.jpg
(ドラマの舞台となった病院で、咲いていた桜)

このドラマが、
多くの方の心に残りますように。
ありがとうございます。
posted by 南 瑠霞 at 11:03| 東京 ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

草gさんと手話

「37歳で医者になった僕」
ドラマが終了いたしました。
ドラマの展開のせいか、これで終了のせいか、
とても、とても大事な気持ちいただき、涙止まらず。

この間の様々なことが思い浮かびます・・・

まずは、皆さんに、お詫びがあります。
草gさんの記事が少なかったことについてですが、
主役の方について、
手話スタッフの私が数多くコメントすることで、
違ったイメージが植え付けられたり、
ストーリーについてのネタばれ等に影響が出ることから、
事務方の指示もあり、
長く遠慮させていただいておりました。
剛君ファンの皆さん、本当にごめんなさいね。
お許しください。

草gさんの手話で、
皆さんが、好きだ!と言っておられるのは、
7話の終わりの「結婚しよう」
それから「ぼくも、全部受け入れる。」
かと思います。
草gさんも、本番前、何度も確認され、
本当に、やさしい表情と演技で、
まさにみんなが「反則だ!」と、
つぶやいておられましたよね。笑
実は、あのシーン、プロデューサーさんや監督さんたちも、
とても大事に感じておられ、
ドラマを見た人みんなが、
草gさんの姿とともに、心に残しておられるようです。
本当に、素敵なシーンでした。

実は、私が好きなシーンは、他にもあります。
それは、9話の終わり、
すずが入院した後、祐太が「どう?調子は?」と、
人さし指を振りながら入ってきたシーン。
それから、「家に戻れないか、森下先生に相談するよ」といった時の
「相談」という手話です。
あれ、実は、元から、台本に指示があったわけではなく、
手話を入れる予定のなかった箇所なんです。
でも、草gさんは、ドラマで、何度も手話を表現するうち、
いくつかの単語が、キチンと頭に入っていて、
撮影当日、自分の判断で、
「どう?(何?)」という手話を、盛り込み、
ご自分で、表現されました。
もちろん、そのまま、演技も監督からOK!!
又、そのあとの、「相談」という手話も、
『ここは、言葉が長いし、大事なところだから、
一つ手話を入れたいんだ。
どう表現すればいいかな?』
と、ご自分から提案され、
あの、「相談」という手話が、画面に入りました。

今回のドラマは、手話ドラマではなく、
登場する人物の一人が、手話で話すと言う設定でしたので、
主役の草gさんの手話が、
そんなにたくさんあったわけではありません。

でも、一つ一つの手話を盛り込んだ、祐太のセリフも、
草gさんが、自分の言葉として、
思いを込めて表現されていたところ。
もしかしたら、多くの方には、
さりげない1シーンだったかもしれませんが、
手話担当の私には、とても心に残った場面でした。

最終話でも、
祐太とすずの、手話サークルシーンが、
少しありましたが、
草gさんと、ミムラさんは、
ちょうど、あのようにして、
3ヶ月半くらい前、
ドラマが始まる以前に、
ろう者の冬菜ちゃんと一緒に、
本当に、1から手話レッスンを始めました。
あの日から、変わらず、
現場でお会いするたび、
手話であいさつを、にこやかにかわしてくださった
草gさん、ミムラさん、
そして、多くのキャスト・スタッフの皆さんに、
心から、感謝申し上げます。

このほかにも、草gさんやみなさんについては、
書かせていただきたいことが、いろいろあります。
今週は、少し、そんなことも、
ぜひ、お話しさせて下さい。

yuuta.jpg

今日は、台風がやってきて、
各地でも、多くの雨、
そして、風の強かった地域もあると思います。
まだ、その台風も、列島を縦断中です。
どうぞ、皆さん、お気を付け下さい。

暖かきドラマの、最終話を終え、
この心、大事に。
多くの方の安全をお祈りします。
posted by 南 瑠霞 at 00:17| 東京 ☔| Comment(18) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

「37歳で医者になった僕」最終回

****************
「37歳で医者になった僕」
手話あいらんどが手話指導!!
いよいよ、本日6/19夜最終回!!
****************
(この記事は、6/19までトップに来ます。
毎日の新しい記事も、次のページにあるから見てね!!)

37歳.jpg
ドラマ公式HP http://www.shuwa-island.jp/
関西テレビ(全国フジテレビ系)
毎週火曜夜22時〜放送中!!
出演 : 草g剛 ミムラ 水川あさみ ほか
手話指導 : 手話あいらんど

4月から始まった「37歳で医者になった僕」
いよいよ、本日夜、最終回です。
どんな内容になるのか・・・ぜひ、お楽しみに。
3ヶ月間、現場に立ち会わせていただき、
たくさんの出会いをいただきました。
今日の夜は、ぜひ、テレビの前で、
ドラマの成り行きを、一緒に応援しましょう。
本当に、ありがとうございます!!

  ○ 手話指導現場の裏話・こぼれ話は、こちら
南 瑠霞の手話日記「37歳で医者になった僕」
http://minamiruruka.seesaa.net/category/13151553-1.html
  ○ 手話指導メンバー・内容紹介等はこちら
http://minamiruruka.seesaa.net/article/262425982.html 
  ○ 手話あいらんど HP
http://www.ktv.jp/37doctor/index.html
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松平健さん でんでんさん!!

ごめんねmini.jpg

「37歳で医者になった僕」
先週、いろいろ、うれしいことがありました!!

その中の一つなのですが・・・
ほぼすべてのキャストの皆さんが集まった
打ち上げ会場で、宴も中盤の頃、
あの、私の憧れの、佐伯先生を演じられた松平健さんと、
入院患者役で、とてもコミカルなでんでんさんに、
ご挨拶させていただける時間がありましたっ!!

それで・・・・
勇気を出して、お二人に、
「お世話になりました。」と、
声を掛けさせていただくと・・・!!
まず、でんでんさんが、
「僕、以前に友達がいて手話をやったことがあるよお!!」
と、おっしゃるではありませんか!!
お話してくださった様子によると、
どうやら、でんでんさんが覚えておられるのは、
アメリカ手話!!
アメリカでよくつかわれている手話単語が、
正確な形で、手からポンポン出てくるのです!!
「ビューティフル」とか、「ライク」などなど・・・
「何十年前なんだけどねえ。。。」
と、おっしゃりながら、楽しそうに教えてくださって、
逆にこちらの方が、大興奮。
「へえ、おれが覚えているのは、アメリカ手話か!!
国によって手話は違うんだなあ〜〜!」
と、たくさんのお話をしてくださいました。

でんでんさんmini.jpg

そして!!
でんでんさんの手話ネームとして、
ろう者の冬菜ちゃんから、
じゃんけんのチョキの上にグーを乗せた、
「でんでんむし(かたつむり)」という手話を、
ご紹介させていただきました。

でんでんさん、さっそくその手話を、
テーブルではわせて、
「でんでんむしか〜、こりゃ、おもしろいねえ・・・」
と、楽しんでくださったり!!
予想外に会話が弾んで、
嬉しく、また、驚きのひと時でした。

松平さんmini.jpg

そして、なんと!!
松平健さんも!!
すごく、手話に興味を持ってくださって、
「へえ、手話は日本と外国では違うんだね〜」
「指文字っていうのがあるんですか・・」
と、あの低い声で!!
でも、いつもの演技と違った優しい目で!!(笑)
お話してくださって、
こちらも、大感激!!

松平さんには、冬菜ちゃんから、
チョキでほっぺたをちょっと刺すように動かす、
松の葉を表した「松」
てのひらを下に向けて水平に動かす「平」
そして、指文字の「ケ」「ン」という表現を、お伝えしたところ、
その形を一発でまねられ、
とてもきれいな手の形で、「松平ケン」と表現されました!!
やはり、演技のすごい方は、
手話の覚え方もイケてる!!

松平さんご本人は、ドラマの控室でも、
演技と違い、威張ったところもなく、とても優しい方。
でも、声だけが、やっぱり健さんなんですよ。
低くて、胸に反響するような、
空気に響く素晴らしい声!!
きっと、ご家庭でも、あの声で話しておられるんですよね。

最終話を前に、
こんな素敵でビッグな、お二人とも、
お話しさせていただき、
私達には、とても貴重な時間でした。
本当に、ありがとうございます。

さて、そんな松平健さん、
今日も、きっとブイブイ言わせてくれるのでしょうか?

「37歳で医者になった僕」
草gくんの静かで熱い演技も、毎週楽しみでしたが、
今日は、いよいよ最終回。
私も、気合を入れて、放送を見守りたいと思います。
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月13日

美しいバラの香りの中で


「37歳で医者になった僕」
10話の放送が終わりました。
下田先生(八乙女君)、戻ってきて、良かったですね。

ばら.jpg

写真は、今回のドラマで、
私が一番好きなシーンです。
毎週土日に通った静岡の現場の、
むせかえるような香りが立ち上っていた「ばら園」。
風に揺れる花が、
本当に、すずたちと一緒に、
ドラマ出演しているみたいったでしょ?
晴れた空の青と、木々の緑と、花の赤い色が、
逆に計算されたセットのように感じるくらい(汗&笑)
きれいな現場でした。
あの中で、私達も一緒に、
夢を見させてもらいました。

ミムラさんの手話も、この3ヶ月で、
どんどんうまくなり、
せつないセリフが、もっと切なく、
繊細な表情の中から、
すずの気持ち、いっぱい伝わってきましたね。

お酒.jpg
「お酒」
人差指と親指で、おちょこのような形を作り、
口元で、グビグビ・・!!
仕事終わり、「今日、一杯ひっかけようよ。」なんて言うとき、
手話を知らない方でも、このしぐさ、しておられませんか?笑

生きる.jpg
「生きる」
両手を握って、水平にポンポンと弾ませて。
必死に生きて、がんばってる様子が、イメージできますね。

いろんな手話を自分の言葉にし、
豊かに演じてくださっているミムラさんに、感謝です!!

あ、それから、
先週のドラマの終わりで、
佐伯先生が、フルーツケーキを捨ててしまったシーンがありました。
ちょっともったいない!と思ったあなた、
実は、あのケーキは、撮影終了後、
草なぎくんが、ちゃんと救い出して、
あとで、メインキャストのみなさんと一緒に、
きれいに食べておられました。
そういったことにも気づかう、草なぎくん、
私は、とてもすてきだと思います。
ドラマとともに、控え室でも暖かい気持ちをもらいました。

フルーツケーキ.jpg

ドラマも、残るは、最終回。
毎回、結果的に、仕事で遅く帰り、
録画を1時間遅れで見続けてしまった私。汗
来週くらいは、オンタイムで日本中の皆さんと一緒に、
画面に向かいたい!!
posted by 南 瑠霞 at 00:22| 東京 ☔| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

37歳で医者になった僕〜第10話

「37歳で医者になった僕」
6月12日夜は、いよいよ第10話が放送されます。
先週は、すずが入院。
佐伯先生と、祐太の直接対決あり。
森下先生も、何やら画策中?
と、展開が素早く、
いつにも増して、画面から目が離せませんでした。
今週は、どうなるのか?
私達も、息をのんで、見守りたいと思います。

さて、現場も、ほぼ撮影が終了!!
あとは、監督達の編集を待つのみという状態になっているようです。

きのうは、私にも冬菜ちゃんにも別の用事が入っており、
通訳のはっちゃんのみが現場入り。
最後の立会に、伺いました。
朝早くから集合したのは、東京の西部。
またも、東京にこんなところもあったのかと思える、
空気のすがすがしい場所。
はっちゃんからメールで送られてきたのは・・・

橋.jpg
こんな写真。
う・・今からでも行きたい。
このつり橋の上に乗って、ゆらゆらしたい!
そして・・・

山.jpg
こんな!!道もないような山に行ったの?
虫に刺されなかったか?笑

きっと、この空気のように、
心洗われるシーンが、撮れたことと思います。

それにしても、M監督、このところ、現場は晴れてます!!
本当に、良かった!!
もう雨男とは、言わせませんね!!!

さて、私達は、
夕方には、別件の手話指導があり、
千葉県のヨットハーバーの近くに集合!!

ヨット.jpg

ヨットのマスト、高いですね。
うしろの空が、どんより曇ってますが、
帰るまで、雨は降りませんでした。ホッ!

雨のない梅雨も、水不足で、困ってしまいますが、
ずっと降ってばかりなのも、難儀です。
ぜひ、雨もほどよく、良き梅雨となりますように!!

では、今夜も、お茶の間で。
「37歳で医者になった僕」第10話、
応援、よろしくお願いします。
ありがとうございます!!
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☁| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

さわやかな丘陵で

『37歳で医者になった僕』
いよいよ、撮影は、残り少なくなり、
ちょっとさびしい気持ちです。
放送も、残りあと2回となりました。

今日の東京は、朝から、雨模様。
空いっぱいの雲は、比較的明るいのに、
ずっと降り続いていますので、
いよいよ、梅雨の始まりかもしれませんね。
現場の撮影も、お休みとなっています。

でも!!
M監督率いる、きのうの撮影部隊は、快晴!!
少し蒸し暑いくらいの1日でした。
木陰に作られた撮影ベースに入ると、
涼しい風が吹いてきて、
残り少ないシーンに、
さわやかさを吹き込んでくれたように思います。

ひかり.jpg

きのうの手話シーンの撮影は、とある東京の丘陵地帯。
東京って、本当に広くて、
高層ビルの立ち並ぶ、未来都市のようなところもあれば、
こんな、素敵な木々の茂った、
街を見下ろす丘もあるんだな〜!!
なんて、田舎者の私は、驚くばかり。

周辺には、
不勉強の私には、名前がわからない!
でも、絶対、花屋さんなら人気になりそうな、
かわいい花がたくさん咲いていましたので、
載せさせていただきますね。
ホント、
ロケでは、様々なところに連れて行っていただき、
心が洗われます。

白.jpg

ちょうちん.jpg

きいろ.jpg

赤.jpg

ムラサキ小.jpg

あたりには、黄色い小さなチョウチョも飛んでいて、
頑張って撮影しようとしましたが、
うまく、キャッチできませんでした。笑
posted by 南 瑠霞 at 10:24| 東京 ☔| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月06日

DVD

「37歳で医者になった僕」
仕事で帰りが遅くなり、23時ごろ、
よし、録画を見るぞ!!と思ったら、
8チャンネルのドラマは、始まったばかりのようで、
テレビをつけると、いきなり草gくんと水川さんが、白衣で登場、
けわしい顔で話し始め、驚きました!!汗&笑
今回の放送は、
どうやら、前のスポーツ中継が押したようで、
ほぼ1時間遅れで、オンエアされた模様。

これじゃ、子供たちが見られないじゃないかっ!!
視聴率が落ちたら、どうするんだ!?
・・・と、いろんな心配をしながらも、
ドラマを追いかけると・・・
今回の八乙女君、とても大人っぽく、
カッコよかったですね!!
時々、控室で、拝見しているときには、
元気のいい若者だな!という印象でしたが、
放送ではちょっと、男っぽくて、
さらに素敵な一面を見せていただいたように思います。
これで、また、ファンが増えそうですね!!

私達は、すずを中心とした手話シーンに立ちあっていますが、
他の役者さんたちの演技は、
皆さんと同じように、ドラマで初めて見ています。
相変わらずの佐伯先生と中島先生の、
ノリノリの演技も、9話ではさらに磨きがかかって、
芝居とは思えぬ、迫力!!
今回は、全体に緊迫シーンも多く、
ぐいぐいとお話に引きつけられ、
逆に手話シーンが出てくると、
あ、自分たちが指導したんだった!忘れてた・・・と、
我にかえるくらい、集中していたりして。汗&笑
このドラマ、尻上がりにどんどん面白くなっている気がするのは、
私のひいき目だろうか?

今回のすずの手話、
皆さんにご紹介したいワンポイント単語は、
「DVD」。
一方の手でV、もう一方の手を添えてDを表現。
これで、ぐるっと丸いDVDの形をなぞるように回せば、
出来上がり。
アルファベットの文字から出来ている
代表的な単語の一つですね。

DVD.jpg

それにしても、ここの病院の先生方に大人気の
「ミラクルドクター 治子」
メスを握る姿は、きりっとしているようでいて、
妙に女っぽい感じもするのですが(笑)、
いったいどんなドラマなのか・・・・
これ、今、現場スタッフの間でも、
その中身が知りたいと、話題が持ちきり。笑
もちろん、ドラマ中のフィクションで出てきた
パッケージだけのDVDのはずですが、
いや、このストーリーは存在しているのだ!!
なんて、話もあるとかないとか・・
うーん、私も見てみたい!
いったい何話まであるのだろうか?
全部借りたら、寝不足になりそうだ・・・笑!!

ミラクル.jpg
posted by 南 瑠霞 at 01:13| 東京 ☀| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

「37歳で医者になった僕」第9話

火曜日になりました。
今日の夜も、22時、
ぜひ、「37歳で医者になった僕」
お楽しみに。
今日は、いよいよ9話。
ドラマも、今日を入れて、残り3回となりました。
どんな展開になるか、気になりますね。

先週、第8話の終わりは、
とても壮絶なシーンでした。
伊達さんは、その後助かるのか、助からないのか・・・
アパートの扉の前で、苦しそうにしていたすずは・・・?

台本の文字から、
役者さん達がセリフを語り、
生きた言葉と息使いになるまで。
脚本家の方が思いを託した言葉を、
私達が手話翻訳して、
それをすずが、手と豊かな表情で語り、
目で見える言葉となって画面に現われるまで。
たくさんの人の思いを乗せて、
役者さん達が、メッセージのアンカーとなり、
演じるたくさんの瞬間を、毎回現場で拝見し、
ドキドキ、ワクワクさせてもらっています。
ドラマ作りって、素敵ですね。

先日、とある国立病院の中のコンビニで、
遺伝子チェックキットなるものを見つけました。

遺伝子チェックミニ.jpg

ほっぺたの内側の粘膜をちょこっとこすって、
研究所に送り、遺伝子をチェックすれば、
例えば、どんなタイプの肥満だから、
ダイエットは、こうした方がいいとか、
お肌のしみやしわのできやすさとか、
肌年齢とか・・・
メタボになりやすいか、なりにくいかとか、
骨折のリスク判定とか、
そんなことが、わかるのだそうです!!
さすがに遺伝子チェックですから、5800円と、
多少、価格が高いと言えば高いようにも思いますが、
考え方によっては、
こんな1万円もいかない料金で、
高度な遺伝子チェックができて、
しかも、まさに、私達が気にしている、
ダイエットや美容、
健康管理などに応用できてしまっているというのもすごいし、
何より、これが、お医者さんの処方箋の指定ではなく、
病院内とはいえども、
コンビニで販売されている点が、
私としては、大いに驚いたところです。
恐るべし!!現代医学!!

その国立病院内には、
おしゃれなカフェもあるし、
レストランも別にあるし、
患者さんが、情報収集できる
インターネットOKの図書室もあるし、
それに、時折、全館放送で、
「今日は、○○時から、△▽先生が、最近増えてきた××という病気について、
一般の皆さんに、わかりやすく解説する講演会があります。
突然聞きに来てくださっても大丈夫です。無料です!!」
などと、呼びこみがあったりもします。

「37歳で医者になった僕」に登場する病院も、
きれいで近代的ですが、
本当に、最近の病院は、
患者さんや、地域の人のために役立とうと、
どんどん変わってきているんだなあ・・と、
感じます。
posted by 南 瑠霞 at 00:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

脚本家 古家和尚さん

きのう土曜日も、東京は、晴れ&曇り。
良い天気の1日でした。

「37歳で医者になった僕」
きのうの前半は、都内ロケ。
後半は、スタジオでの撮影。
いよいよ、ドラマも大詰めにさしかかり、
現場も、撮影が、
走るように、進んでいます。

きのうも、手話シーンの撮影と、
細かい、手話レッスンが、行われました。
もう、残りは、あと少し、あと少し・・・・!!
みんなで、がんばりましょう!!

スタジオには、
脚本家の古家和尚さんも見え、
ドラマや手話のことについて、
少しお話させていただく時間がありました。

夢のような、奇跡の成功物語でなく、
小さな勇気を描きたかったという古家さん、
見た目は、大柄で、豪快な感じなんですが、
お人柄は、とても優しく繊細な方でした。
素敵な脚本家の方と、出会わせていただき、
これも、このドラマでの、
私達の宝物となりました。

古家和尚さん、
お名前は、ふるや・かずなおさんとお読みするそうです。
でも、和尚という文字、
おしょう(”お坊さん”の意味)と読みますよね。笑
それで・・・

手話ネームとして、
古い・家(屋根)+ 寺(お経/お坊さん)
という単語を、ご紹介させていただいたら、
「なるほど、ぼくの外見も、おしょうっぽいし・・・笑!」と、
よろこんで覚えてくださいました。
名前の表現の仕方をメモした紙は、
「大事にとっておきます。」とのこと。
冬菜ちゃん、教えてあげてよかったね。
感謝!!

きのうのスタジオの入り口には、
古家さんや、すずのお父さん役の志賀廣太郎さん、
ミムラさん達からの、差し入れもいっぱい並んで、
目もにぎやか!!
おなかも、ほっとうれしい一夜でした!!
いつも、ごちそうさまです。

にくまきおにぎり.jpg
初めて食べた 肉巻きおにぎり

なかみ.jpg
中はこんな感じ。肉でくるまれてる!!
とても美味しかったです。

バームツリー.jpg
バームツリー。かなり、かわいいです。
バームクーヘンが、棒に巻かれていて、
アメリカンドッグのような形。
私も、誰かのお土産に、あげたい。
女の子なら、喜びそう!!

あげせん.jpg
これ、すごくおいしかったんです。
ふわっと柔らかくて、しょうゆ味の、あげせん。
これも、私、誰かにあげたい!!

おいなり.jpg
ずら〜〜〜〜っと並んでいるのは、おいなりさん。
みんなが、どんどん取って行って、
あっという間に空になりました!!笑

私は、この仕事で、
人に喜んでもらえる、ちょっとしたお土産を、
いろいろ教えてもらえるのも、嬉しいところなのです。
本当に、ありがとうございます。
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☁| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

いろんな手話

「37歳で医者になった僕」
第8話、いかがでしたか?

私は、映像を見ていて、
監督さん達が、手話の映し方を、
いろいろ、考えているんだな〜と思うことがあります。

7話のすず「祐太さんがお医者さんを目指して7年。」
今回の8話の「あとで、煮物持っていくから。」
・・・肩越しに、ななめに見た手話・・・!!
もちろん、手話は、前から見た方が、
読みやすいには違いないのですが、
体に隠れていなければ、
確かに、ななめ後ろからでも、
読めると言えば、読める!!

聴こえる人の、音声のせりふなら、
誰かが話しているとき、
その声を聞いている相手の表情をとらえて、
映すことができますが、
手話では、完全にオフってしまうと、
セリフ自体が消えてしまい、
意味がなくなる・・・

そこを何とかしようと、
監督さんや、カメラの方も、
いろいろ、考えながら、
手話をねらって、つかまえているようです。
そして、手話ごと、
セリフを受けている相手の表情をねらって、
心情を伝える・・・

むずかしいチャレンジですが、
こういう工夫を、
重ねていくことで、
手話の盛り込まれたドラマも、
画面に変化が出たり、
様々な人の表情をとらえたり、
そして、今後の、
手話の取り入れ方の、方法の一つにも、
なっていくように思います。

にもの.jpg

さて、
今回このドラマにかかわらせていただいて、
今まで、自分では、無頓着だった「音声対応手話」が、
ある人々には、とても大事なのだと、
感じるようになってきました。

ある人々とは、もちろん、
今回のすずのような、
声に障害のある方々もそうですが、
難聴で、補聴器も使いながら、
音声で話して、手話をする方なども、
そう言えるかもしれません。

私は、手話通訳の勉強をして、
ここまで来ていますので、
ろう者の皆さんが使う独自の文法を持つ「日本手話」も、
声で話しながら(または、頭の中の言葉が音声言語で)
それに合わせて手話単語を並べる「音声対応手話」も、
両方とも出来なければイケない!!
と教えられ、一生懸命がんばって、
時と場合に応じて、使い分けながら、
手話ライフを送っています。

ただ、もともと、空中に絵を描くような手法で、
ものごとを表わしていく「日本手話」の、
表現の豊かさに魅かれて、
手話を続けているというのも、本当のところ。
やはり、「日本手話」を学ぶことに重きを置き、
音声言語にはない文法で繰り出す、その表現形態に魅せられ、
多くの方にもその魅力を、伝えることが、
最重要課題のように感じて、ここまでやってきました。

その中で、今回のドラマに出会い、
あらためて、
失声症の方の生のお話を、実際にお聞きしたりする中で、
もともと、日本語で生活していた人が、
ろうの方や、私のような手話にどっぷりの人間と、
コアに付き合うためではなく、
まずは、まわりの”手話の達人ではない”聞こえる人と通じ合うために、
それでも、とても便利な方法の一つとして、選んでいるのが、
「音声対応手話」なのであれば、
それは、とても大事にされていいものだと、
感じるようになりました。

声が出しづらい、何人かの方が、
自分たちの不安や迷いの中から、
今まで豊かに使って来た
自分の中の日本語を崩すことなく、
指文字や手話を取り入れることで、
コミュニケーションの安心が得られるのであれば、
それは、その人たちの大事な言葉。

そういう方々の中には、
精神的に不安な状態に置かれている方も多く、
手話で言うところの表情を、
うまく使いこなせない人もいる。
それでも、手で話すそのことで、
コミュニケーションが楽になり、
まわりの人と、楽しく通じ合うことができ、
心の支えとなっているのであれば、
その手話が、うまいとかヘタとか、
本来の正統派日本手話からは、
かけ離れているのではないかとか、
そんなことにとらわれず、自信を持って堂々と、
「わたしは、手話を使っています。」と、
言っていい。

そういう人たちも、その手話を、
自分と周りが伝えあう、ささやかな言葉として、
大事に大事に使っている!!のだと、
私は、この数カ月の間、
実感しながら、このドラマに取り組ませてもらっています。

手話を、勉強中で、
手話通訳者を目指す人。
もっと、語学として深く学びたい人。
ろうの人と、より自由に、英語や外国語のように、
バイリンガルになって、つながりたい人は、
多いに、日本手話を学び、
本来の手話のよさを、たくさん味わえば、
豊かな出会いが待っている。
それも、しかり。
「日本手話」は、一つの言語として、
ろう者の文化として、
素晴らしいパワーと魅力を備えている。

でも、声を失った人、難聴に悩む人が、
自分と友人や家族のために、互いに支え合い、
毎日大事に使っている「音声対応手話」も、また、
人と人をつなぐ、大切なもの。
音声言語を頼りに繰り出す手話も、
確かにあなたの思いを、空中に飛ばして、
相手の暖かな目に届いているよ。

私は、伝統的日本手話に、魅せられて、
自らが代表を務める手話あいらんどでも、
「日本手話」のナチュラルアプローチに、こだわって、
手話教室を開催し、多くの方に通って来ていただいています。
本当に、ありがとうございます。

でも、そこで学んだ方が、
自分の幸せのために、失われた声を克服するために、
「音声対応手話」で話すなら、
それを、心から、応援するよ!!
ヘタだって、いいじゃない。マジ!
あなたの手話も、あなたの言葉。
あなたの手話も、あなたの友達と握手する。

手話のあり方は、使う人の立場、
その人の思いなどによって、
実に様々なのだと、改めて、感じさせてもらっています。

花.jpg
( 世田谷では、また、新しい種類の花が、
次々に咲き始めています。)
posted by 南 瑠霞 at 02:13| 東京 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月29日

37歳で医者になった僕〜第8話

「37歳で医者になった僕」第8話
本日5月29日火曜夜10時放送予定です。
ぜひ、楽しみにご覧ください。

結婚しよう.jpg

先週、第7話が放送され、
いろんな方から、
音声のない手話のセリフは、
ある意味、画面がとても静かで、
逆に見入ってしまった。

手話の「結婚しよう」は、
とても素敵だった。
・・など、いろんな感想をいただきました。

特に、ドラマ制作チームの皆さんからしたら、
あの、すずが別れ話を切り出した
夜のキラキラした港のシーンは、
無音(手話だけのシーン)が長すぎて、
どうなることかと思ったそうで、
それでも、必死に話すすず(ミムラさん)を見ていたら、
みんな、とても切ない気持になったのだとか・・・

なるほど、
日ごろ手話をしていると、無音声ということについて、
あまり気にとめないのですが、
(もちろん、手話を読み取っていれば、
ちゃんと会話は成立しているので、
ある意味、心の中は、
ちっとも無音や無口なわけではないんですが・・笑)
テレビで、音声なしに、
目で、画面だけを追いかけるシーンが続くのは、
確かに、そうないですもんね。笑

そんなお話をお聞きするだけでも、
手話を取り入れることで、
ドラマの演出は、大きく変わるのだなあと、
改めて、勉強になったりしています。

先週、幸せな一瞬を見せてくれた祐太とすず、
そして、病院の人々は、
今週は、どんな展開を見せてくれるんでしょうか?

ドラマは、最初から、
すべてのストーリーやセリフが出来上がっているわけではなく、
毎週、いろんな案が盛り込まれ、
いろんな事件が繰り広げられ、
作家さんや制作チームのみなさんの手で、
練り上げられながら、1話ずつ出来上がってきます。

私達も、新しい1冊の台本をいただくたび、
へえ、そうなのかあ!!
と、新しいストーリーに、
驚いたり、感動したり!!

そんな中で生み出されていく、
すずのセリフを、一つ一つ、
前後の流れや、すずらしさを考えながら、
手話に翻訳させてもらい、
ミムラさんと一緒に、
すずの言葉(手話)を育てさせてもらっています。

それにしても、このドラマ、
なんていうか、
本当に、ささやかな一人一人の思いが、
大事に見つめられていて、
日ごろ、大金持ちになりたい!とか、
権力者になりたい!!とか、
20歳若返る薬ができたら、世界で一番最初に飲みたいとか・・笑
そんな、尊大なことばかり考えている私には(汗&笑)、
大事な足元や、自分の周りを、見ることを、
教えられているように思います。
小さな自分の本当の心。
大切にしたいですね。

桜&空.jpg
静岡、ロケ現場の桜。撮影が始まったころ。
肌寒い風の中、きれいな花を咲かせていました。

静岡桜ミニ.jpg
同じ桜は、現在若葉。
きれいな緑が、初夏の暑さをいやしてくれています。
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

M監督!快晴の静岡ロケ!!

「37歳で医者になった僕」
ドラマの撮影は、順調に進んでいます。

富士山.jpg
( くっきりと浮かび上がった快晴の富士山。
マネージャーのはっちゃんが撮りました。)

きのうの日曜は、静岡県でのロケ。
快晴の空の下、
さわやかな風の舞う、
屋外ですすめられました。
本当に、いい天気でした。

現場は、花が咲き乱れ、
いい香りでいっぱい。
すずや瑞希の後ろで、
まるで、花達も一緒に演技しているようでした。

ドラマの手話シーンの撮影も、
残り少なくなってきました。
撮影が始まったころは、
雪も降っていたのに、
もう、あたりはすっかり初夏の陽気です。

ロケ便.jpg
(昨日のロケ弁は、かわいかった!!
いつも、ごちそうさまです。)

さあ、最後まで、
あとひと踏ん張り。
皆さんと一緒に、
手話のセリフを追いかけていきたいと思います。

つばめ.jpg
(東名足柄サービスエリアに、ツバメの巣が、いくつもありました!!
下の段ボールは、通る人に汚れが落ちないよう、
SAの方がカバーしてくださっているみたい。)

こっこ.jpg
(静岡土産で人気の、こっこというお菓子だそうです。)
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月27日

藤吉久美子さん&田辺誠一さんにも、手話伝授〜〜!!

「37歳で医者になった僕」
26日土曜も1日、
スタジオでの、撮影がありました。

今回のドラマの役者さんたちは、
本当に、皆さん穏やかで、
いつもニコニコされていて、
春のような感じの方が多く、
ご一緒させていただくだけで、
心が和んでおります。

いつも、私達が、ミムラさん達に、
手話指導させていただいていると、
お母さん役の、藤吉久美子さんが、
「わたしも、やりたーい!!」
と言ってくださって、
数週間前、
藤・吉(良) という手話と、
く・み・こ という指文字で、
お名前をご紹介させていただきました。
それ以来、藤吉さんは、忘れず、
ろう者の冬菜ちゃんに会うたび、
「おはようございます」という手話と、
「藤吉久美子」という名前を、
表現してくださって、
明るくにこやかで、
わたしたちにも、毎回うれしい一瞬です。
感謝!!

藤.jpg

そして、きのうは、
ちょうど、あの、切れるような視線の森下先生役の
田辺誠一さんと、お時間が一緒になり、
お忙しそうなので、どうしようかと迷っていたら、
ミムラさんが、今!今!! 今教えよう!!
と、声をかけてくださり!!
ミムラさんと、冬菜ちゃんが、一緒に、
『名前を覚えてくださ〜い。』とお願いすると、
田辺さんも、興味を持って、
手を動かしてくださいました。

その田辺さんへの手話指導は、ろう者の冬菜ちゃん、
そして、読み取りはミムラさん!!驚!

そうです。
ミムラさんは、最近、手話に慣れてきて、
私達が、手話だけで話しても、
けっこう、お話が通じてしまう!!
・・・逆に言えば、
私達が手話で内緒話をしていても、
知らない間に読み取っていたりする・・・!!
恐るべし、ミムラさんパワー!!

そんなわけで、田辺さんへの
手話のお名前紹介は、
ミムラさんが、みずから、かって出てくださり、
冬菜ちゃんと二人で、
教えてくださったのです!!喜!!

田 鍋 誠(まじめ/ネクタイ) 一

* 注:手話では、渡辺=綿+鍋 / 田辺=田+鍋
佐藤=砂糖(甘い) など、手話のダジャレを使った
表現がいろいろ存在しています。
楽しいですね。

鍋.jpg

田辺さん、しっかり、
名前の手話を、覚えて帰ってくださいました。
田辺さんも、どちらかというと、
お芝居のあのクールな感じより、
ご本人は、ほんわかされていて、
ふだんは、
とても優しい感じの方なんだなあと、
拝見させていただいております。

いろんな方と、出会わせていただいている
『37歳で医者になった僕』も、
現場は、終盤戦に入ろうとしています。
皆さんと力を合わせ、
6月中旬の放送日まで、
一生懸命、現場に向かわせていただきたいと思っています。
どうぞ、応援よろしくお願いします。
posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月23日

受け入れる・・・

「37歳で医者になった僕」
毎回、何かしら、
考えさせられるテーマをもらうように思います。

今回、わたしは、このストーリーのキーワードとは
ちょっと別の角度の(汗&笑)、
林田の、「いつまでも、逃げてばかりはいられないし!」
といった言葉が、心に残りました。
好きな彼女の両親が、
足の悪い林田との交際を反対しているのですが、
二人は、けっこう愛し合っていて、
親との対決が避けられないし、
向き合わなければ、二人の問題が解決しない・・・
そう感じた林田の一言です。

嫌なこと、面倒なことから逃げる自分は、
結局ずっと迷路の中にいて、
自分からも逃げている。
前に進むためには、
向き合わなければならない問題はある・・・!!
覚悟が決まった時が、
一歩進めるときなんだよなあ・・・
なんて、ふと自分を振り返りながら、
ドラマを見ていました。笑

さて、今回、手話が何度も出てきたことで、
皆さんの印象に残ったのは、
「受け入れる」という言葉だったかと思います。
実は、手話では、ズバリ!「受け入れる」というそのままの、
ストレートな単語は、存在しません。
手話チームでは、いくつかの言葉の案の中から、今回
「受ける(受け止める)」+「飲みこむ(納得する)」
この言葉の組み合わせを、
『受け入れる』という言葉として提案させてもらいました。
両手を構えて、キャッチャーミットのように、
胸で受け止める表現は、そのままでも、
「受け入れる」という意味でつかわれることがありますが、
それでは、今回のドラマのキーワードとしての、
意味深いニュアンスが少し薄れると思われました。
それで、受け止めたものを、胸に飲みこむ・・
そういった意味合いを感じられるよう、
「飲みこむ(納得する)」といった意味の、
単語を、組み合わさせてもらいました。

障害を、受け止め、自分の中に飲みこむ。
つらい思いを、受け止め、自分の内に飲む。
見たくない現実を、胸に受け、自分の心の中に入れる。
『受け入れる』

ドラマでは、すずが、自分の現実を受け入れる。
林田が、自分の障害を受け入れ、現実に目を向ける。
そして、祐太が、すずとの関係を、
見つめ直し、相手も自分も受け入れる。
・・・そんなニュアンスで、この言葉が使われていました。

弱い自分を受け入れる。
ハンディがあっても、それを受け入れ、
そのうえで、正々堂々と、立ち向かう・・・
出来そうで、出来ない、
とても勇気が必要な、受け入れる・・・

私達の人生の、いくつかの場面に、
それは、誰もみな、
思い浮かぶ一瞬があるように思います。

ヒーローのいない、だれもがカッコ悪い 
ストーリーの中で、
一つ一つみんなが、自分を乗り越えていく姿が、
ちょっと、心に触れるドラマですね。

現場では、まだまだ撮影が続いていますが、
火曜夜は、バラバラのシーンが、つながって、
一つのストーリーになるのを実感しながら、
テレビを見ています。

ありがとうございます。

雨.jpg
きのう、火曜昼間のロケ現場。
雨にぬれる木々。
posted by 南 瑠霞 at 00:41| 東京 ☔| 37歳で医者になった僕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする