2019年06月23日

チームでの交代の手話通訳!「最初に舞台に立つのは新人」


手話を勉強中の方から、質問がありました。

「 二人の手話通訳者が交互に通訳を担当するのを見ていると、ベテランの人が不慣れな人をカバーしているのがわかります。色々な手話表現がありますが、人が変わっても同じ表し方をしています。あれは
1. 事前に使う言葉を予測して、二人で決めておく。
2. 最初に表した人に合わせる。
3. ベテランの人が表したものに合わせる。
4. ろう者の反応を見て、決める。
どうやっているんでしょう? 」

手話では、長い講演などでは、15〜20分で通訳者が交代します。どんな言語でも、通訳の場合、1人の人の集中力持続時間が15〜20分だとされています。これを超えて、通訳をし続けると、頭が疲労し通訳者が疲れてきます。この疲労の蓄積が、通訳者の健康を害する場合があるため。また、集中力の落ちた通訳は質の下がる可能性もあり、それを見る聞こえない人にとって良い情報環境でなくなってしまうからです。
さて、そんなわけで、上記の質問にお答えします。

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【表出する手話の統一】
1. 事前に使う言葉を予測して、二人で決めておく?

その通りです。手話には、様々な言い回しや単語の表現がありますが、現場で通訳をするとき、チームで事前に「必ず出てくるであろう表現の 単語や言い回しの統一」を行います。一貫して同じ単語、同じ言い回しを使うことで、見る人が混乱せず、通訳する人が変わっても同じ表現を見続けることができるようにするためです。
また、この統一については、前持って、受け取れる資料があれば、みんなで読み、統一が必要な単語の拾い出しなどを行います。
次に、政治の話、経理の話、ITの話などなど、専門用語も関わってくる場合、必要な分野の手話を洗い出し、最終的には、その分野に比較的詳しいベテラン通訳者、または、事前に会場の聞こえない方と話し合いが持てる場合には、その方々も加わって、表現の統一を行なうことが多いです。

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【最初に通訳に立つのは誰?】
2. 最初に表した人に合わせる。
3. ベテランの人が表したものに合わせる。

⒉ ⒊ については、まとめてお答えします。
「⒉の最初の人に合わせる!!」これは、当然そうならざるを得ません。笑
後に続く人に大いに影響を与えるのが、最初の人!ということになります。この人が表現したものを基準に後の人が合わせなければ、表現の統一になりません。笑

しかし、「3. ベテランの人が表したものに合わせる。」は、ちょっと違います。
私は、この⒊の質問をいただいたことで、今日のブログを、書こう!と、思いました。

⒉のご質問にも関わることなのですが、「最初に通訳に立つのは、基本、新人!」というのが、現在の現場の一般的な考え方です。
新人は、チームの最初に通訳に立つのは、たいていの場合嫌がります。笑 「あなたが!」「いやいや、あなたが!」「私は新人だからムリムリ!!」「最初は、雰囲気もわからないし、やっぱり先輩にやってもらった方がいい」などと言って、先頭を譲り合ってしまうのです。
ところが、当然ですが、全体統一のためには、最初の人が表したものを、きちんと後ろの人が引き継がなければいけません。そして、実は、この「引き継ぎ」にこそ能力が必要なのです。笑
もし、いくら慣れているからと言って、先輩が、先頭を切って巧みな手話で、ペラペラと通訳してしまったら、どうでしょう?大汗 新人にはそれを維持して引き継ぐことが 難しい場合がほとんどです。またさらに舞い上がってしまうこともあるかもしれません。逆に、先輩が後からであれば、前の新人が行なった通訳を、記憶にとどめて、ちゃんと合わせて通訳してくれます。ですから、頼りになる先輩がいればいるほど、新人は先に!!これが、昨今の通訳の順番の常識なのです。笑
⒊ の質問への答えは、「他の人が先輩やベテランに合わせる」のではなく!! 「ベテランが新人に合わせる」!! これが、現場に即したナチュラルな判断ということになりそうです。
新人の皆さん!!ぜひ、通訳の順番は、後ろに控える先輩を信じて、「先に」行なってください。それが、チームとしての表現統一と、それを見る聞こえない人への、心ある協力体制となります。
みんなで、力を合わせて、心を込めて頑張りましょう。

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【現場での判断】
4. ろう者の反応を見て、決める。

これは、さらにその上での、判断になります。場合によって、この考えは重要です。
ろうの方が多いと想定していたら、難聴の方の方が多そうだ。音声対応手話よりに、手話と一緒に口話の使い方を増やした方が、良さそうだ。とか、
こちらが良かれと思って準備した専門用語より、できるだけ意味を噛みくだいた一般用語で伝えた方が良さそうだ。などなど・・・
これは、その場で目の前におられる聞こえない方の反応や、休憩時間の指摘によって、変更される場合もあります。
もちろんこの時も、方針の統一は必要ですので、こういう時こそ先輩の出番。より通じやすい表現目指して、大いに先輩を頼り、指示に従い、みんなで最後まで乗り切りたいものです。


以上が、4つの質問についての、私なりのお答えです。
ほんとに、積極的な質問をいただき、今回は嬉しく思いました。
通訳で大切なのは、「チームの協力」だということが、ここからも良く見えてきますね。
みんなで力を合わせて、良き手話通訳目指し、共に頑張りましょう。
本当にありがとうございます。






posted by 南 瑠霞 at 10:06| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月17日

手話は聴者の都合のいいようにはできていない


とある現場でのことです。
「手話では、『あなた』『私』とはっきり指さしますが、これをもっとさりげなくすることはできますかね? 特に相手を指さす『あなた』は、ちょっときついので、手のひらを上に向けて、そして、あまり手の位置をあげずお腹のあたりで表現しても良いですか?」

こう質問があったので、ご本人にやって見てみていただくと、これが「ちょうだい」に見えたり、「〇〇ですか〜?」の問いかけの表現に見えたりする・・
「手話では、指さすことは当たり前なので、人差し指ではっきり相手をさした方がいいのでは?」と ろう者スタッフが指摘すると、「それじゃ、ちょっと不自然なので 違った表現を教えてください。」と返事が返ってくる・・・
この両者の言い分を、分け合える答えは、実は、なかなか見つけられません。手話を取り入れようと思った時点で言語が違うので、聴者の音声言語の都合には、全面的に合わせることはできないからです。

手話を学んだ人なら、当然そこは手話のルールをわかっているわけですが、映像でイメージ的に手話を使いたいと発想した聴者の制作者は、元から違ったイメージがあって、そのイメージに当てはめた手話が欲しいと思ってしまうのです。

こうしたやり取りは、実は手話指導を承った、様々な現場で、常に繰り広げられています。
でも、みなさん、落ち着きましょう。笑
手話は、聞こえる私たちの都合に合わせて、なんとでもなるものではなく、「独自の文法を持つ1つの言語であり 1つの文化」なのです。

これは、他の言語同士でも、全く同じ。

例えば「キツネの嫁入り」。
ドラマのセリフで、役者さんが、「あ、キツネの嫁入りだ・・」と言いながら、空を見上げたとします。

狐の嫁入りとは、もちろん、晴れた空から降ってくる雨のことを示す、天気にまつわる言葉ですが、これは、日本独特の言い回しでもあります。日本人に生まれ育った人なら、これを聞けば、昔話の 狐の花嫁の 白いほっかぶりの角隠しをした和装の姿や その花嫁に雨がかかるのを防ぐ、蛇の目傘を思い浮かべる人も、少なからずいると思います。
「狐の嫁入り」という言葉には、「天気雨」という意味以外にも、何か日本人特有の風情や情緒を呼び起こす響きも含まれているのです。

では、これを英語にするなら、どうすればいいのでしょうか?
当然ですが、これを「フォックス ウェディング」とするには難があります。英語の「フォックス ウェディング」は、単にまさに「狐の結婚(式)」そのままでしかない場合が多いからです。もしこの言葉を、セリフに当てはめるなら、その続きに、「なにそれ?」「え?ああ。日本ではね、こんな晴れてるのに雨が降る日のことをフォックス・ウェディングっていうんだ。昔々の物語ってとこかな?」というセリフのやりとりを付け足さなければ、ストーリーが繋がりません。
でも、このシーンの台詞は、「あ、狐の嫁入りだ・・」のひとこと。そんなセリフを付け足せば、元の台本の意図自体を変える大手術になる上、そもそも、しゃべっている時間も長くなってしまいます。
また、英語ではこうした状態を「サニー&レイン」と言ったり、「サン シャワー」と言ったりする人もいるようですが、いずれも、狐は出てきません。

ここで英語に、「やはり日本の情緒も翻訳して欲しい。狐の出てこない英語は、イメージに合わない」と注文しても、英語が日本人の都合のいいようには、できていないので、何かを変えるしか、翻訳の方法はない!ということになります。
一方、日本文化なんだから仕方ないとして「フォックス ウェディング」と直訳だけをいきなりつけても、英語を主体にストーリーを見ている人は、逆に何かのキーワードかなのか?と、会話の意図とは違うところで、言葉に引っかかり、情緒どころではなくなってしまうかもしれません。笑
これより先は、そうした翻訳が得意な戸田奈津子さんにお譲りするとしても(笑)、とにかく、言葉の違いは、文化の違い。互いの思惑通りに、相手の言語を変えることはできないということは、私たちは、知っておくべきです。

この答え、とりあえず私なら、映像でお天気雨が見えていることを考えると、聴く人の耳に違和感が残らないのは、結局のところ「イッツ レイン・・(雨だ・・・)」のシンプルなひと言だという気もします。笑

さて、話は戻って、手話には、たくさんの指さしが出てきます。これが、不自然だ、違和感がある!と感じる聴者の方もいます。
でも、英語の自然は、日本語では分かりづらかったり、日本語の自然が、英語では曖昧だったり、互いにとって互いを理解しづらいと思うことがたくさんあるように、手話もまた、聴者の都合のいいようにはできておらず、手話には手話のネイティブのあり方があります。
難しいですが、これが、手話の面白いところでもあると、私はいつも思います。

そんなことに、気づけるのも、手話を学んだからこそだと思えば、それは、苦労や摩擦でなく、互いをもっと知り合うためのチャンスであり、私たちは、もっと豊かになれるのではないでしょうかね?
文化の違いは、時として相手の悪意のように感じられることもあるかもしれませんが、そうではない場合もある!
その人はその人の文化のナチュラルを生きているってこと、日々頭を柔らかくしておもんばかってみたい。自戒も含め、そんなことを考える今日この頃です。
文化の違いを楽しもう。感謝。


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ネットの写真を使うより、自前のキツネの写真をと思って探したのですが、「キツネザル」さんしかいませんでした。笑
でも、可愛いですね。






posted by 南 瑠霞 at 13:55| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月22日

南 瑠霞バースデー手話ライブ!!通訳のみなさん、ありがとうございました!!


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先日は、南 瑠霞のバースデー手話ライブを皆さんで応援していただき、本当にありがとうございました。

今回は、手話ライブに加え、英語と日本語のトークショーも組み込まれていたため、皆さんも、たくさんの通訳をご覧になったことと思います。
これだけの通訳を本州最南端 串本町田並で実現できたことは、すごかったな〜と、思っています。皆さんの協力に心から感謝です。
今日は、この通訳について、ちょっと見て行きましょう。

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上の写真は、当日終盤のシーンでの全体の配置になります。
遠目ですが、左から、串本町木曜島遺族会の尾鼻悟さん、英語の通訳を担ってくれた私のいとこ色部一哉さん、オーストラリアから来た私のはとこローナ村上と、旦那様のダラス・ゴールド氏、ピンクの服で立っているのが私南 瑠霞、そして右端が、地元手話通訳の丸山秀和さん。
全体は、だいたいこんな配置で、進行されました。これをもとに、今回の通訳について、振り返ってみましょう。

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これは、皆さんが見慣れた手話通訳シーン。声で話す私の横で、通訳者が聞き取り通訳をして、手話で会場の聞こえない人に情報を伝えてくれています。
この状況はわかりやすいですね。
さてこのあと、通訳は複雑になってきます。

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太地町教育委員会学芸員 櫻井敬人さんが、移民の歴史を語ってくださっているシーンです。日本語で会場の皆さんに語りかけています。この時、英語担当の色部氏は、テレビでもよく見る外国の方向けの通訳を本人の近くで小声で行なっています。日本語を聴きながら英語への音声同時通訳(または、英語を聞きながら、日本語への同時通訳)は、かなり難しいのですが、状況を伝えるため、頑張ってくださいました。日本語ベースのトークが、ローナたちにも伝わったことと思います。
この時同時に、櫻井氏の話は、手話でも会場の聞こえない方に伝えられて行きました。
移民の歴史は、英語であっても手話であっても、日常会話や一般の通訳シーンではあまり扱わない内容です。皆さんそれぞれ、事前確認を行い、時代背景や日頃聞かない単語などを、それぞれの言語に照らし合わせながら、通訳をしてくださいました。ありがとうございます。

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上の写真は、色部氏が、聞き取った日本語を英語に変え、改めてローナたちに伝えているシーンです。
この時手前の手話通訳者は、話された日本語をすでに手話通訳し終え、待機状態です。おそらく聞こえない方々には「今、英語の通訳中です。」と、伝えられていたはずです。そうしなければ、聞こえない方々は、人が話しているのに、今なぜ手話の通訳がされていないのか わからなくなってしまいます。そうした解説や配慮も手話通訳では大切になってきますね。

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尾鼻さんが、ローナにもお客さんにも、地元串本町の移民のいきさつについて簡単な歴史を話してくださっているシーンです。
日本語で話されたコメントは、まず同時に手話で聞き取り通訳が行われて聞こえない方々に伝えられ、英語はそのあと、句切れのいいところで止めていただき、話をまとめてからマイクも使ってローナたちに伝えられました。
手話での同時通訳は、音声を聞いて手で表出するので、耳で聞く言葉が交錯したりすることがありません。音声言語は、声で話して 耳で聞く。手話は、目で見て 手で話す。これらは、言語の使用モードが違うので、音声同士より同時通訳しやすいと言われています。

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ローナの話した英語のコメントも、色部氏が、日本語に変えて通訳。会場の皆さんに届けられました。
ローナがなぜ日本にきたのか、串本の町に来てどのような感想を持ったかなど、思いがたくさん伝えられました。
史実やデータではなく、本人の心情の溢れた話でしたので、これも本人の意を組みながら日本語に変える作業は、大変だったっと思います。

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これは、ダラスが、舞台側から私たちをとってくれていた写真。
私が日本語で進行するお話が、通訳者によって手話で伝えられ、それを真剣に見てくださっている聞こえない皆さんの表情が捉えられていました。
手話通訳は、丸山さんのほか、森玲子さん、西岡俊次さんの、3人でおよそ15分交代で行われました。地元の熱い皆さんの協力に、心から感謝いたします。

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色部氏は、トークショー終了後、メディアの取材でも、日本語と英語の通訳をしてくれました。この通訳によって、各番組や新聞記事が構成されていることを考えると、多くの方の情報の輪をつなぐため、いかに通訳が重要かがわかります。忙しい中、東京から足を運び、トークショーに参加してくれた色部一也さんにも、心から感謝したいと思います。

さあ、こうして日本語・英語・手話の3言語をつないでくださった 通訳者の皆さんの活躍、少しのぞいていただけましたでしょうか?
ステージの様子、私たちの思いを、多くの人につなげてくださった通訳の皆さんに、本当にお疲れ様と、感謝の意をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。



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(田並公民館の前に咲いていた、赤いハイビスカス。移民の町らしい南国のイメージが伝わってくるかわいい花です。)

ローナファミリーが、自分のルーツをたどって、串本町田並へ来てくれたことと、ちょうど私のバースデー手話ライブの企画を練っていたことが重なって、今回の、和歌山県串本町田並での ライブ&トークショーが実現しました。それを一緒に作ろうとご協力くださった皆さん。よっしゃ、それなら見に行ってやろうと思ってくださった皆さん。
全ての方の力で、今回のイベントを成し遂げることができました。本当にありがとうございました。






posted by 南 瑠霞 at 07:07| 東京 ☁| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

「電話リレーサービス」って何?


先日 このブログで「電話リレーサービス」から電話を受け 通訳による会話に感動したと 記事を投稿させていただきました!
http://minamiruruka.seesaa.net/article/465419508.html

それを見つけてくださった NPO)インフォメーションギャップバスター 理事長 伊藤 芳浩 さんから わかりやすいパンフレットをいただきました。

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「電話リレーサービスです。」と 電話がかかってきたら 「おや? なにかの新しいスービスの紹介に違いない!押し売りかも?」と 反射的に会話を断る方もおられるようです!汗
なるほど 理解の輪を広げる必要があると感じました!

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手話を学び始めると なかなか上手くならない!と 悩む方も多いですが、そんなに悩んでばかりいなくても大丈夫!!私たちには、色々やれることがあります。家族や周りの人に「聞こえない人向けに こんなサービスがあって 利用されているんだって。」と話すだけでも その輪が広がります。聞こえない人のことをあまり知らない 聞こえる方々に情報を伝える!という役割も、私たちにはありそうです。
みんなで理解の輪!広げよう。

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※ 関連記事
遠隔で手話通訳を利用には 現在大きく 2通りの方法があります。
「手話の電話リレーサービス」と「遠隔手話通訳」の違い
http://minamiruruka.seesaa.net/article/463209054.html





posted by 南 瑠霞 at 09:31| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月05日

母語の安心感は全てを一瞬にして越える!!


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ゴールデンウィーク中、オーストラリアから、いとこたちが来て、神奈川県にある叔父の高齢者施設に集まりました。

叔父は、青春時代をオーストラリアで過ごした後、日本に移住し長く日本で暮らしています。人生の大半の舞台は、彼にとって日本でした。日本で全ての生活を送ってきたので、もちろん日本語の読み書きも会話もできますし、買い物も市役所も病院も日本語でやり取りし、関連する書類提出なども含め、全ての生活は日本語で事足りています。
でも、それでも、年を取ってからの、小説や歴史物などの読み物を、彼は全て英書で読んでいます。日常の新聞なども英字新聞、最近ではネット情報も、日本語が読めるにも関わらず、同じ内容で英字の方をチョイスして情報を得ています。
私たちが、日本語の本を見れば、ひとつひとつの文字を追うより前に視覚的に意味が心に飛び込んでくるように、彼には英語の方が、イメージが目に飛び込んできやすいのだと思います。
子供の頃から慣れ親しみ、親子で交わした会話が英語であったことは、彼の人生の大きな土台となっており、日系人として日本に戻り様々なニュアンスの日本語を使いこなしてなお、彼が安心して座せる言葉は英語なのだと、かたわらにいて肌で感じます。

オーストラリアから、いとこたちがきて、英語で話し始めた途端、叔父の表情はパッと明るくなり肩の力が抜け、日頃比較的無口なのかなと思える印象の彼の口から、ほとばしるように英語が溢れてきました。オーストラリアから来た若い世代の従兄弟たちに、叔父は、祖父母やその兄弟のこと、オーストラリアのどこでの出来事なのか、また、どの兄弟がどのような性格で、どんなことを言っていたかなどなど・・・たくさんのことを話しはじめたのです。
日頃私といれば、日本語ばかりですが、こういう時には、叔父の母語が英語なんだ!!と、幸せそうな空気の中からいっぱい感じることができます。

日本の高齢者施設に入ることも、彼は若い頃から、お金を貯めて事前契約し、ずっと以前から決めていたので、決して日本が嫌いなわけでも不便だとも思っていないようです。施設の中でお世話してくださる方も、とても親切で、フロアも 彼の部屋も服もいつもとてもきれいで清潔で、行き届いているのがわかります。日課の体操や歌の時間も皆さんと楽しんでいるようですし、毎週毎月の定例イベントなどもあって、雰囲気が和やかです。
先日は私も思わず、日本人の従兄弟と「ここは高いけど親切だし、景色もいいから、私も今からでもちょっと調べて、ここにお金を振り込んで事前契約しようかな?」と話したばかりです。笑
この施設は日本語の世界です。彼はその中でも十分に、施設の方や周りの方と一緒に穏やかに過ごしています。

でも、こうして、彼を尋ねてくる英語圏の人たちとの会話の様子を見るたび、その英語の世界は彼にとって、オアシスなのだと感じます。
何不自由なくしているようでも、英語のワールドの方が、彼のオアシスなのです。
それはたとえ英語のできない人でも、彼の顔色や表情や声色から、感じることができることだと思います。

この叔父の姿をみれば、私はとてもホッとします。彼が心から安らいでいるのがわかるからです。
こうして、遠く離れていても、年取ってなお、多くの母語を持つ友人知人、親戚たちが彼に会いにくることが、彼の人柄も表しています。素敵な時間を共有させてもらい、私も幸せになるのです。

叔父は日本の中では、英語が母語という少数派です。
手話を学ぶ時、ろうの友人たちが、なぜ、こんなに多くの人に手話を学んで欲しいと語るのか、その気持ちが芯に伝わってきます。理屈ではない安心感が母語の中にあり、その中にいて人はごく自然に心が解放されるのです。それは戦いでもなんでもなく、ナチュラルな肌の想いなのです。
叔父の母語も私には、第2・第3言語です。でもこのように幸せそうな叔父を見て、人の心がどう言葉によって温められ、支えられているかを実感します。

日頃日本にいれば、気づかないことですが、私たちにとっても、日本語や生まれた地域の方言は、自分の拠り所となる大きな大木です。
言葉は私たちを守る、祖先であり(そう、まさに歴史ごと言葉には人の思いが込められている)、父であり母であり、兄弟であり、友人であり、仕事であり、趣味であり、ロマンであり、出会いであり、未来であること。
このゴールデンウィークは、そんなことにも思いを馳せた、貴重な10日間でした。
自分を振り返る時間をもらえて、様々な巡り合わせに感謝です。

言葉って、私たちが思っているより、大切なもので、例えば空気のようなものであり、空気はあって当たり前なのに、地球人の私たちには、それがなければ死を意味します。言葉って、身近にあって日頃私たちはあまり意識しませんが、そんな、命や個人のアイデンティティや尊厳に関わる重要なものだと、学ぶ機会を得た、手話や英語との出会いは、大事にしたいなと感じます。

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施設の庭には、たくさんの花が植えられ、元気が伝わってくるようでした。






posted by 南 瑠霞 at 15:52| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

通訳のむずかしさ


通訳のむずかしさ・・と言っても、技術や能力の問題とはちょっと違うお話です。

私は英語が苦手です。それで、様々な場面で、通訳の方の助けを借りることがあります。
能力のある方の通訳は、「なぜ私はこんな簡単なことも喋れないのだろう?」と思うくらい(笑)、シンプルなわかりやすい英語で(なのに私にはそれが出てこない!!再笑)、そしてビシッと通じて的を射ていて気持ちよく、テンポも良くて、相手にもしっかり思いが届き、本当にありがたい。こうした方にこれまで何度も助けられてきました。

そして、こうした方は、実は、とても優れている点が、もう一つあります。
実際の相談や詳細な話し合いの場でなく、食事や観光で談笑しているときや、和やかに交流する場面では、決して、英語がヘタな人の会話に介入してこない!という点です。笑
優れた通訳の方は、当然のことですが、例えば私が、相手のどこを理解していて、何が通じてないかも傍目に理解してくれています。ですから、たとえ私が相手の方と通じていなくても、ひとまず見守ってくれるのです。そして、その状況がわかっている限り、私が何かをつかみたいと四苦八苦して身振り手振りで話しているのを、邪魔することはありません。通じ合いたいのは「私」であり、「意味が知りたいのでなく!相手とつながる」ことを、私が求めていることに、気づいてくれているからです。
そして、筋道が激しくずれたときだけ、笑いながら「南さん、めっちゃ話ずれてる。この人の言いたいことは〇〇だよ。」と教えてくれます。すると、相手も笑い出したりして、その場がますます和みます。笑笑
トンチンカンでも、楽しい!!これがコミュニケーションな訳です。笑笑
もちろん、真剣な商談や、国際理解のための話し合いの時、これはやってはならないことですが、良き通訳者であればあるほど、「場面ごとに通訳の仕方が違う」ということを自然に判断しておられるので、そこは、手話に携わる私たちもとても見習いたいところです。

一方、「英語が少しできる」、または「人の役に立ちたいという思いが強すぎる方」は、逆にこうした判断をしてくださらない方もおられます。
私がちょっと「え?」という顔をすると、「この人、あなたに〇〇って言ってるのよ。」と、親切に声をかけてくれるのです。泣
その時私は、もちろん相手の話がわからない場合もありますが、時によって返事の仕方を考えていたり、相手の話が2通りに取れるので、そのどちらかを改めて自分で聞きなおそうとしていることもあります。でも、その方は、「わからない人には、すぐに通訳してあげなくちゃいけない」と思っているので、即座にアドバイスをしてくれるのです。汗
もちろん、悪気があってのことではないのも良くわかるのですが、「時間がかかっても、自分で頑張って通じ合いたい」と思っている人にとって、これは、ドラマや推理小説の序盤で、ストーリーを知っている人が、先にネタバラシをしてしまったような衝撃を受けます。大泣&笑笑
いろんな方に助けていただいている中で、私はこういうことに出会うこともよーくあります。笑笑
これ、ちょっと夢をこわすもったいない通訳でしょ?笑笑

こうした判断はとても難しいし、実際、語学が苦手な人にとって、通訳はなくてはならない大事なもので、通訳者はとても大切な存在で、いつだって頼りにさせてもらっています。これは、私の正直な気持ちです。

さて、我が身を振り返り、手話の場面。
もちろん、真剣な場面では私も一生懸命通訳させてもらいますが、飲み会や交流会では私はほとんど通訳はしません。皆さん同士が、体当たりで、聞こえない人と対話する方が、喜びもずっと大きくなるからです。初心者でも、「紙に書いたり空書したり、いろんな方法で通じ合えますよ。」と習っているはずの皆さんですから、その手も使えます。そこで、私が間に入って、すぐに「答え」を教えてしまっては、みなさん自身が色々考えたり感じたりする時間を奪ってしまうことになりそうで、私としてはけっこう躊躇します。自分で苦労してたどり着いた答えは、頭ではなく心にこそ残ります。ろうの方と通じ合えた喜びは、一生の自分の宝物になるのです。
だから「本当に通じない時以外は、助けない。」これは、案外大事なことなんじゃないかなと、私は思っています。

聞こえない方についても同じことを思うことが良くあります。
たとえば、飲み屋さん。注文を、聞こえる人がお店の方との間に入ってするのも良いことですが、実は聞こえない人は身振りが得意で、案外飲み物の種類など、むしろ、お酒に詳しくない私が間に入るより、お店のスタッフの方に通じやすい場面も山のようにあります。スタッフの方も、直接聞こえない方の注文が、自分で理解できたりすると「わかった!!OKです。××ですね。」と身振りで返したりして、それで、聞こえない人もどんどん目が輝いてくる。で、ろうの方が、「ジョッキを指差して、指を2とたてれば」、「はい 生(なま)、お二人ですね。」と、お店の方も元気にお返事されたりして、けっこう私は不要ですし、通訳など間に入らない方がよっぽど通じ合えて、そして互いが仲良くなる。笑笑
自分がわざわざ「通訳者なのだから」とか「聞こえて手話を学んでいるのだから」という理由で、がんばって間に入り続けるより、「当人同士」はずっと豊かに、楽しく語り合え、通じ合えるのだ!と、肌で感じることがよくあります。
こうなれば、聞こえない人にとって、「通訳がいなければお店にいけない」ということもなくなり、「あの店なら通じ合える」という場所が、どんどん広がり、結果としてこちらの方が、よほど豊かにバリアフリー!!
「友達」が増える!ってこういうことなんだと、何度となく、様々な場面で、感じる手話人生です。笑

こう考えると、「通訳者は、当人同士の邪魔をしない」というのも、場合によって「大切なマナー」なのではないか?と思うこともよくあります。

時々、飲み会などで、「あの人手話がうまいのに全然通訳してくれない!冷たい。」と言っている声を聞くことがあります。
でも、その冷たいと見えるその人の心は、実は熱い!かもしれません。笑
良い通訳者であればあるほど、逆の意味で「通訳しない」という選択をされていることも多いように思うのです。

少なくとも私は、英語で、けっこういろんな意味で苦労しています。「待って!!通訳しないで!」と叫べぶこともよくあります。笑 とりあえず「できれば自分で頑張ってみたい(結果、最後は助けてもらうことの方が多いですが!笑 ていうか、けっこうできません。助けてください。ごめんなさい。私が言いすぎました。汗汗)」と思うタイプなので、手話の場面でも、通訳のあり方、けっこう気を使います。笑笑

通訳って、場面で対応を変えなくてはならない場面も多い。
これ、難しいですよね。
それで、今日のタイトルは、「通訳の難しさ」としてみました。
あなたはどう思いますか?


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今年の桜は長持ちで、世田谷は、この土日もこんな桜が咲いてました。今日もいい天気。
花見の席では、私は英語でも通訳は頼らないし、手話でも通訳はいたしません。笑
言葉が少しくらい通じなくても、身振りも手振りも使って、互いに頑張って当人同士が一緒に楽しむ。そして友達になる。それがコミュニケーションの魅力だと思います。





posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月14日

あなたの会社の手話サービス大丈夫?


先日、日本で使われている、メニューや看板の中国語が、ネイティブの中国人から見たら、ちんぷんかんぷんで、意味不明のことが書いてある!と、テレビで話題になっていました。

たとえば、道に日本語で「段差注意」の看板が出ており、そこに添えられた中国語は、なぜか「階級差別あり」という意味になっていたり・・・

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「ここから上がらないでください」と伝えたいのに、中国語は「緊張しないでください」。

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「ここには女性トイレがありません」と書いたつもりが、「将来、女性トイレはありません!」と、とんでもない内容に!

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そのほか、「菜の花とカニの辛子和え」という美味しそうなメニューは、中国語では、とても悲しい「強姦とカニ投げわさび・・・」。こんなひどい翻訳に・・・涙
日本人として本当に、申し訳なく思います。

これらはみな、中国の方にも日本語の意味を知っていただいて気軽に訪れて欲しいという願いのもとにチャレンジしたものと思いますが、どれもこれもが、中国語としての意味や形をなしておらず、とても失礼!!大汗 こんな翻訳誰がした???
人によっては、笑ってくれるかもしれませんが、怒る人も、悲しむ人もいることでしょう。泣泣

これらは、全て、ネットの簡易翻訳などで訳したり、聞きかじった中国語を思い込みで書いてしまった結果、起きてしまったものなのだそうです。
確かに英語などをネットで訳しても、改めて自分も読み直して、間違いがないか、おかしな言い回しになっていないかチェックしないととんでもないことになります。そのままネット任せにしてしまえば、意味不明の はたまたあってはならない言い回しの文が出てくることは、多くの人が経験しているはず!汗汗
安易な翻訳をするくらいなら、きちんとした中国語の先生やネイティブの方のお力をお借りするべきです。たとえお金がかかっても、きちんと相談すべきことはしなければ、中途半端な翻訳は国際的にもちょっと失礼。
「中国の方にもわかるように。」「仲良くしたい!」と思った結果がこれではちょっとお粗末ですよね。
こうしたことも、例えば、個人の友達同士なら、笑い話になるかもしれませんが、公共の情報やお店のメニューで、起きてしまえば、許されない場面も出てくると思います。
こうした例は、「心を込めるには、適切な方法を選ばなければいけない」という、良き教科書なのかもしれません。
みんなで気をつけたいですね。

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このほかにも、同じ漢字表現でも、日本語と中国語では、似ていて意味が全く違ってしまう言葉もあると紹介されていました。
これらも、思い込んで使ってしまうと、間違いを呼び込むことになるかもしれない一例です。
「あなたに手紙を書いた」と言いたいのに、「あなたにトイレットペーパーを渡した」と伝わってしまっては、ロマンもへったくれも無くなってしまいますよねえ。。。汗笑

ところで、中国語を例にここまで一生懸命語るのには、当然ですが、理由があります。

私は、知っているのです。あちこちの会社やサービスカウンターで紹介されたり、みなさんが使っている「手話」が、明らかに間違っていることがあることを!!!!!!!
大汗 大泣!!!!!

学校の先生、公共施設のサービスカウンターにいらっしゃるあなた。「優しい心を」とちょっとみんなでプリントを回して手話を覚えたというあなた!
その表現!本当に 大丈夫ですか?
ホテルマンのあなた、ネットで覚えたその手話は「タメ口手話」ではありませんか??
例えば、少しおかしな表現や、まちがったいいまわしも、友達同士で話すための手話なら、いろんな失敗も、それが全て良きあなたの経験で、通じ合うために大いに必要なことで、おそらくあなたも相手も豊かになれることも多いでしょう。
でも、授業で、お店の窓口で、空港で、ホテルで、公に使えばそれは「間違い」であり「聞こえない方に失礼」です。あなたの職場のその手話!!本当に大丈夫?
きちんと資格のある手話通訳者や、地元の指導者であるろうの方、または確かな手話指導者に見てもらってその手話を作り、学び、使っていますか?

もしかしてその手話、ちょっと手話を学んだだけの方に、ほんの少しだからと教えてもらい、みんなで覚えてしまったりしていませんか?
初心者の方がつけた手話は、時に間違っていることも、また、不適切な表現であることもあります。「ちょっとだけ手話のできる人」に頼んだり、「自分たちだけで手話辞典に出てくる単語を並べても」文法が違っていることもあります。中には、友達同士ならOKでも、目上の方に表せば失礼になる表現もあります。
それを、きちんと教えてくれるのが、良き指導者であり、その手話を使ってこそのサービスだということ、あなたは気づいていますか?
あなたの手話、ネットだけで翻訳した中国語とほぼ同じになっていたりしませんか??

私たちは、日本に生まれ日本で暮らす中、日本語のてにをはや、敬語や丁寧語など、相手とのコミュニケーションには、とても気を使います。
中国語も、英語も、手話も、それが母語である人々には同様にとても大事な言語です。
その気持ちを想像すれば、安易な翻訳は自然に減って行くのではないかな?

全国のサービス担当者、サービス窓口の皆さん、あなたの手話は、大丈夫?(その他の言語もね。)
ぜひ、一緒に考えましょう。

posted by 南 瑠霞 at 19:48| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

手話通訳士(者)をめざす 最短情熱2年コース(笑)


以前アップしていた記事ですが、最近お問い合わせが多いので、再度アップさせていただきます。

「 南さんの活動にとても興味があります。手話通訳士になるには、どんなふうにするといいですか? 」と、20代の方から、メールをいただきました。
本当に、ありがとうございます。
最近は、大学生の中にも、手話通訳士を目指す方が増えてきました。

「手話通訳士」というのは、厚生労働大臣公認資格で、全国レベルでの唯一の公的資格。この厚生労働省の資格を持つ人だけが、現在「手話通訳士」を名乗っています。また、国会議員選挙の政見放送などの手話通訳は、この資格を持った人が担当しています。
(手話通訳士と名乗っている方の中に、本当はこの資格を持った方でない方もおられるので、一般の方はよく判断が必要です。また、各都道府県には、手話通訳士とは別の県独自の登録通訳者もおられます。こちらも優秀な方々が大勢おられます。)

さて、そんな前置きはこれくらいにして。。。
最近では、若い方々もますます目を向けるようになってきた手話通訳士。どうすればなれるのでしょうか?

今日は、最短情熱(短期決戦)コースについて、熱く!!ご説明します。笑( これは、誰かの準備した勉強コースがあるわけでなく、こうすれば、2年で通訳士になれる可能性がある!という、例です。笑 )

南の時代、もともと、手話通訳士の資格はなかったのですが、私の場合で、手話を学び始めて2年で、大学3年のとき二十歳で、大阪府の登録通訳者になっています。
手話通訳士制度誕生以降も、手話を始めて2年で、手話通訳士になった友人がいます。
ですから、これは私が考える 短期2年コースということになります。笑

最初の1年は、とにかく手話と聞こえない人に出会いまくる。
○ 地域の手話サークルに行く。
○ 地域の手話講習会に行く。
○ このほか、カルチャーセンターなどでも、手話講座があるなら、違った教え方をしてくれる場合もあるので、試してみる。
○ 毎週の手話サークルや講習会などは、終了後まっすぐ帰らず、必ず、お茶や飲み会に混ぜてもらう。( このとき、聴者同士の友達づくりの輪に入らず、必ずろうの人がいるグループに入る。→ 実は、ここが、一番とってもすごく!!絶対に大事!! こういう場でこそ生きた聞こえない人の手話に触れられる。これなくして、本気の手話学習はない!!残業で、手話講座に遅れても、そのあとのお茶から参加すべし!!)
○ そこで、良き通訳の先輩やろうの友達を作る。
○ 次に、そうした先輩やろうの人に誘ってもらい、出来るだけたくさん、手話やろう者のイベントに出かける。( 地域の手話サークルの交流会とか、ろう者の親睦旅行とか、運が良ければ、全国手話通訳問題研究会とか、全国ろう者大会などにも誘ってもらえる。 )
○ また、それにも慣れてきたら、そういうイベントの運営のお手伝いをする。
○ これで、大体、みんながどんな考えをもち、どんな様子で、手話をしているかが、わかってくる。
○ こういう積極的な人は、周りにも歓迎され、かわいがられるので、初心者でも、かなりフットワーク良く、いろんな出会いを見つけることができる。
○ また、こういう人なら、周りの人が「次は通訳の勉強をしない?」と、必ず誘ってくれるはず。

2年目に、通訳の勉強をする。
○ ひきつづき、手話サークルや講習会に通う。
○ 地域の手話通訳者をめざして、まずは、がんばる。通訳者向けの勉強会もあるので、そういうものを教えてもらって、積極的に出かける。この場合、頼りになるのは、地域で手話通訳活動をしている聞こえる先輩。ぜひ、遠慮せず、いろいろ質問してみよう。
○ なお、地域の手話通訳・・・といっても、大きく2種類ある。
@ 東京なら、世田谷区・杉並区・・・など、自分の住んでいる区、全国的に言うと○○市などの地元自治体の登録通訳者を目指す。もよりの、市町村役場の福祉関係の課に問い合わせると、適切な連絡先を教えてもらえる。
A また、その上には、都道府県単位の、登録手話通訳者というのがある。全国の都道府県では、県庁を中心とした機関で、全県単位の通訳制度を設置しているところが多い。順番から言うと、市町村や、区の登録通訳者を経て、その上の都道府県単位の通訳者を目指すことになる。
○ しかし!!ここで、@に気を取られすぎると、さらに1年使ってしまうので、2年目は、@Aを同時に目指して動く。そして、通訳者向けの講座に、いろいろ通ってみる。(そういう講座は、市町村や、区、県などの通訳仲間で必ず開いてくれているので、それを探し当てよう。)
○ その中で、身近な手話通訳士に出会う。偶然会えなければ、「手話通訳士になりたいんです。先輩の手話通訳士の方は、どこにいますか?」と、周りの人に尋ねてでも会う。なんせ、現在、全国で現在3600人程度しかいない手話通訳士。偶然などを待っていてはいけない。自分で会いに行こう。(地方に行けばいくほど、手話通訳士の人は、期待されているし、地域の手話通訳活動の柱に立っている人がほとんどだから、ちょっと尋ねれば、すぐ見つかるはず。だから、必ず、見つけ出す。)
○ 本物の手話通訳士に会えれば、手話通訳士になるにはどうしたらいいか、適切なアドバイスを必ずくれる。東京にある、社福)聴力障害者情報文化センターに尋ねれば、手話通訳士試験の過去問題も手に入る。
○ そして!! そこまで進んだら、けして、一人で頑張らず、お互い手話通訳士を目指す仲間と一緒に、試験勉強をする。(そんな仲間をどうやって見つけるの?と聞く必要はない。ここに至るまでに、必ずいろんな人に出会っているはずだから、仲間はすでにいる。笑)
○ 手話通訳士試験は、実技と、ペーパーテストがある。実技は、地元の実地学習で頑張る。ペーパーテストは、仲間同士で、過去問題なども解き合いながら頑張る。わからないことができたら、必ず、手話通訳士の先輩に相談に乗ってもらう。
○ 地元の枠を一歩出て、県単位の人脈を見つけることは、手話通訳士を目指す人には、かなり有効。ただし、手話学習のために、県内を遠くまで移動しなければならない場合も多い。県庁所在地まで、毎週通うことも必要になるかも。人によっては、宿泊で勉強会に参加している人などもいると思う。

・・と、ざっと、これで2年です。
なお、私もそうですが、大学時代、ろうの友人ができて、毎日手話で話したり授業の通訳をしている人は、手話通訳士になる可能性が高いことも添えておきます。

なお、最初に戻って、お金の計算もしましょう。
☆ 手話サークル毎週1回、手話講座毎週1回、(カルチャーも、週1回行けるなら行く)/交流のお出かけ毎週1回(イベント以外、ろうの友達と街に出かけるものも含む。)  → これで、最低でも、1週間のうち3〜4日手話に触れる。その都度、サークルや講習会などの終わりには、必ずお茶に行ったとして、1回1000円〜2000円くらい。
☆ その他の土日のお出かけが、安く見積もっても1回5000円(ろうの人と一緒に映画などに行けば、おやつ代や映画鑑賞券、テーマ―パークに行けば、入場代などがかかる。飲み会などでも、3000円くらいは払うことになる。)
☆ この合計で、だいたい1週間1万円。1カ月で、4万円。年間50万円くらい
☆ このほかに、遠方の、手話通訳問題研究会や、ろう者大会に行くと、参加費や宿泊費、出かけた先でのこづかいも、かかる。笑 こういったものに、2カ月に1回、5万円払ったとして・・・・ 年間、30万円。
☆ カルチャーの授業料も、含めると、だいたい3か月で2〜3万。年間10〜12万。
☆ これらをすべて合計すると、年間90〜100万円くらい。
☆ 2年目も同じ。

これを、必死の勉強ではなく、楽しんで2年間続けられれば、手話通訳士にならずとも、手話事情やろうの人のことも良くわかり心にも身にも入ってきますね。こういう方は、豊かな手話の話し手になることでしょう。

一方、期間・費用については、手話通訳を目指す、専門学校でも同じ。こちらに通っても、週5日くらい、2年で卒業できる。ろうの先生も、耳の聞こえる通訳者の先生もいる。
これもやはり、授業料は、年間7〜80万円から100万円くらい。( 国公立なら、10〜20万円=国立リハビリテーションセンター(埼玉県) )
だが、専門学校は、全国的にも数が限られているので、必ず、一人暮らしを強いられると想定すれば、授業料のほかに、一人分の家賃・生活費等が加算されることになる。月15万円くらいを予定したとして、1年で180万円くらい。2年で360万円くらいの出費が、さらにありそう。節約上手なら、もう少し抑えられるか?笑
それはそうとして、もちろん、学校に通えば、最新情報ももらえ、手話学習のツボも外さないという点で、メリットは大きい。
ただ、ここには、一つ落とし穴もある。学校に通って、よく失敗するのは「≪授業に出ただけで、勉強した気になり≫、実際のところ、手話が意外に身についていない。」という事態に陥ることだ。平たく言えば、自分の努力をおこたれば、どんなに毎日学校に通っても手話は下手なままだということだ。
手話は、言葉の学習なので、先生の話を見ただけ、聞いただけで、終わりではない。自分と相手が話し、通じ合えて、はじめて習得したといえる。単に単位修得のために出席日数をかせいでも、手話自体が身についていなければ、手話通訳士にはなれないという点について、肝に銘じておきたい。
専門学校に行く気なら、習ったことは、次の日には、すべて暗記して人に説明することができる。学んだ手話は、その日の晩、体が覚えこむまで、何度も自分で特訓する。そういう気持ちがないと、貴重な時間が無駄になる。
せっかく、学校に通うなら、ぜひそういうことも心がけ、自分の体に、手話をしっかりつかんでほしい。

そんなわけで、手話通訳士を目指すなら、実際に手話ワールドに入り、聞こえない人や通訳者と、たくさん出会うということが、最高のテキスト。これが、本気の2年です。
どうでしょうか?

さて、こうしたことを書かせてもらいながら、私はいつも思うことがあります。
上記の文章を全体的に見渡すと、結局、手話通訳士を目指すということは、英語などの外国語通訳を目指すのと、同じ過程が必要なことが、わかってきます。
手話通訳士になるには、外国語大学に通うとか、海外留学するとか、それと同じようなイメージで取り組んだほうが、自然なのかもしれません。まずは最初に、言葉のシャワーを浴び、その言語環境を体感する。次に、それをベースに、通訳の仕方・あり方を学ぶという流れです。
これは、外国語を学ぶ際の王道であり、こうしたことは、机の上の勉強だけでは、身につけられないこともたくさんあります。
現在、外国語通訳として活躍しておられる方は、みなさん、学校やテキストだけで学んだ語学でなく、実際に留学などをされて、相手の国の言葉を、文化も含め丸ごとナチュラルな環境で身につけられた方も多いかと思います。そういうベースがあって、はじめて、2つの言語の間を行き来する、通訳者になっておられるんですね。
手話学習では、もちろん、障害者の福祉・法律・制度なども習いますし、現場ではそういった理解も、とてもとても大切です。でも、たとえば、ホームヘルパーとか、専門学校で福祉の資格を得るなどに比べると、さらにもう一歩「情熱」や「言語や通訳能力そのもの」が、求められそうです。

若い方なら、来年の進路なども、そろそろ考える時期ですね。
ぜひ、選択肢の一つに、「手話」!! 考えてみてください。

なお、常にお伝えし続けていますが、「手話を学ぶ」ことと「手話通訳者を目指す」こととは、同義語ではないと私は考えます。言葉や文化、人との出会いは、まず心から。手話もまた言語の一つとして、人と人が思いを伝え合い、コミュニケーションを取り合うためにあるもの。まずは、通じ合う喜びあっての学びだと思います。そこは、外さず、ぜひ、もっとやれそうだと思う方は、手話通訳士(手話通訳者)にチャレンジしてみてください。

今日も、長文を読んでいただいて、ありがとうございます。

南 瑠霞 (手話通訳士600番〜手話通訳士名簿をみると、本名がわかります。汗笑)


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本日は、ここにいます。笑



posted by 南 瑠霞 at 18:45| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

どうしても放っておけない学校の先生方の姿勢


手話通訳士が育ちにくいと言われ、全国的に手話通訳のできる人が少ない!!という訴えが、耳に入ってきます。
今年も1月31日、手話通訳士試験の合格者が発表されました。
第30回手話通訳士試験は、受験者数が1105人、合格者108人。合格率は9.8%。
このうちで、20代の合格者は13人。30代13人。40代38人。50代36人。60歳以上8人。となっています。
若い人が少ない!!と感じる方も多いと思います。

ここで将来的に、子供の学力や人生や価値観に大いに影響を与える小中学校の先生方に、一人の手話通訳士として大いにお願いがあります。
「学校の授業では、手話の存在を大事に扱ってください。」
その思いがつながって、将来の良き手話通訳者が生まれるのです。あなたが、大事にしなかった言葉は、子供達にそのように価値低く映り、子供達は手話通訳になど見向きもしなくなる可能性がある!と私が思うからです。

さて、ここで大事にする、大事にしないとはどいうことかを、例もあげながら、考えたいと思います。

例えば英語の授業を考えてみましょう。
もし、先生が、小中学校の英語の授業でいい加減な前置詞や文法、間違ったスペルなどを教えたら、間違いなく大問題となります。ましてや発音は、今や最低でもCDやDVD、余裕のある学校なら、ネイティブの先生を交えてコミュニケーションの時間を持っているところもたくさんあると思います。この英語に対する取り組みは、今、全国的また一般的な常識かと思います。
子供に間違えた英語などを教えるなんて、とんでもないからです。子供達には、受験もさることながら、どうせ学ぶなら正しく、そしてネイティブの方に会っても通じ合える豊かでナチュラルな表現を学んで欲しいと、多くの人が願っているのではないでしょうか?

一方、手話について私たちが肌で感じるところとしてお伝えするなら、実は、様々な学校等にお邪魔すると、多くの学校が手話の歌を取り入れたりしていますが、その手話は、地域の通訳者やろうの方が教えたものではない場合もたくさんあります。先生が聞きかじった知識だけで、手話の本などを見て、文法も考えずに単語だけ並べて指導していたりする例をたくさん見てきました。泣
手話の挨拶や簡単な文なども、同様に、先生方がちょっと手話辞典などを調べて、確かなこともわからないまま指導しているケースがままあります。そうした先生方は、手話が動かす方向によって正反対の意味になる場合もあるなど想像もされていないようです。また、ひどい場合、表しておられる先生の手話単語自体が、間違えている!ということもあり、子供達がまた、それを覚えて使ってしまっていたり・・・汗
そして、そのような先生方は、明らかに、自分が手話を話すのが苦手で、実はよくわかっておられないので、地元のろうの方がすぐ近くにいるにもかかわらず、ご挨拶をされたこともないという方もおられます。
これは、南が見たほんの一部の学校だけではないか?と思う方もおられるかもしれませんが、もちろん、これは2件や3件ではありません。同じ手話の現場におられる方なら、少なからずそのような場面に出くわしたという方もおられるはずです。
また、さらにいうなら、もし万が一、英語であったとして、たった1校でも、このような責任の所在の分からない授業をする学校があったなら、あなたは、どう思うでしょうか?

念のためにお伝えしておきますが、英語でも手話でも、向く子向かない子はいますし、なんのために学びたいかも違うし、ほんの少し、単語だけでもわかれば嬉しいという子供もいるのは、同じであり、価値あることと思います。
また、たとえその子が、言葉を間違えて覚えたとしても、異文化異言語に触れることは、それ自体がその子の人生を豊かにしてくれるものだと思いますので、今は、その指導成果・結果などを問うているわけではありません。
問題は、指導している先生の側の姿勢と、ものの見方です。

さて、話を戻して、英語と手話。同じ言語でありながら、なぜここまで、学校で、先生方の言葉に向ける姿勢が、違うのでしょうか?
英語は文法が違っては大問題。手話は単語さえも間違えて教えてしまっても、それで指導したことになってしまっている・・・
そしてそれは、本当に子供達に、聞こえない人々との出会いを、手話を通じて大事にしてほしいと願うべき教師としての姿でしょうか?
私は、あきらかに、一部の先生方の中に、手話をいい加減に扱っている姿勢があると、感じます。先生方に問います。これ、あなたならどう思いますか?

一方、最近では、だんだん そうした問題に気づく先生方も増えてきたのは事実です。「教師なんだから最低でも手話通訳士程度の力を持った上で教えたい(=小学校教諭には小学校教諭の免許がある/音楽教諭には音楽の免許がある。だから手話にも指導者の能力が必要だと考える)」とか 「聞きかじりの自分が教えるのでなく 地域のろうの方との出会いがつなげる授業を考えたい。地元のろうの指導者や通訳の方にきていただいて教えてもらいたい。」と 考える人に 時々お会いするようになって来ました。
これは、私の中では、とても熱く暖かく嬉しいことで、こうした先生方から手話の指導を受けた子供達は、ほんの短い時間でも、同じように手話を大事なのだと感じ、実際のろうの方や通訳者の方に会えば、直に感じられることもあり、子供達なりに何かを心に留めてくれるようになるのではないでしょうか?そうした子供の何人かに一人が、手話について自然に学びを深め、手話通訳に興味を持ったり、手話通訳者を目指したりしてくれるようになるのだと思います。

私たちは、子供の頃、親や学校から様々な教材や価値観や思いを与えられて大人になります。いまの世はおそらくそうやって、10年20年そしてもっと前からの願いを授かった子ども達が、大人になって実現しているのだと思います。大人であるあなたも私も、その一人かもしれません。

そんな中、手話通訳者不足については、いますぐできることを、私たちも取り組み、もっともっと明るく元気な現場にして行きたいですが、学校の先生方には今一度、手話の授業のあり方を見直していただきたいのです。

あなたの授業は、子供達の将来につながっています。
手話は、日本に生まれた私たちが日々使う日本語や、必死に学ぶ英語などの外国語と同様、聞こえない人にとって大事な言葉です。
私の友人の日系人が話すスペイン語や、ポルトガル語や、すぐ近くの韓国の言葉も中国の言葉も、私の知り合いが勉強しているピリピノ語も、インドネシアの言葉も、様々な言葉も、皆その地で先人から授かり、共に生きて心を通い合わすために人々が使っている大切な言語です。

先生、あなたは手話もそんな大事な言語だと思ってくださっていますか?


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本題とは、関係ありませんが、アボカドに隠れたその下のハンバーグが好きなのです。ケールも美味しかった!笑



posted by 南 瑠霞 at 19:27| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月31日

手話通訳士試験は、本当に難しいのか?汗


1月31日 第30回手話通訳士試験の合格者が発表されました。
あなたの番号もありましたか?

「手話通訳士試験って、難しいですか?」「手話通訳士になるのは、難しいですよね?」
と よく聞かれます。
確かに、手話通訳士は、一つのきちんとした省庁公認の資格なので、それなりの能力が必要です。
きちんとした知識や、手話のできない人に資格を与えても、その人は現場で求められる責任ある通訳をしてくれないとなると、それは聞こえない方にとって重大な問題です。資格にはそれなりの意味があると考えれば、きちんと勉強し、内容の伴った人でなければ資格は与えられません。

また、例えば手話の専門学校の授業に全部出席して単位が取れたとしても、その内容が身についていなければ、同様に、資格を取ることは出来ません。汗汗

今年度の手話通訳士試験は、受験者数が1105人、合格者108人。合格率は9.8%でした。
この数字だけ見ると、それなりに、合格率の低い資格試験の一つではあります。

でも、私は、手話通訳士試験は、それほど難しい試験だとは思いません。
例えば、全国の教員採用試験や、お医者さん、看護師さん、弁護士などの試験と比べたら、
明らかに、そもそもの試験範囲が、圧倒的にとても少ないからです!!

筆記試験については、
@ きちんとした国語の理解力があり、言葉に対する良識があり、
A 聴覚障害者に関わる基礎知識や歴史一般と、
B 聴覚障害者に関する福祉や法律の概略を理解し、
C 手話通訳者としての一般的な倫理感覚があれば、
多くの人に、合格の可能性があります。

この範囲は、本一冊程度にまとめられ、様々なところで、専門の講習なども開かれています。先輩方が、まとめて下さったこうした内容を、ほぼ網羅すれば、決して怖い試験ではありません。

また、手話の実際の通訳技術についても、同じ日本国内で使われている言語の一つだと考えれば、英語やフランス語など、海外の言葉を学ぶよりずっと身近に触れることができるものです。
互いに日本語も通じ合いやすい発想の中で学べる点を考えれば、不安材料も少なく、条件的にかなり整った環境にあります。
やる気になれば、あなたの街に!!ろうの人がいて、友達になれば、様々な交流が持てる!ということです。

多くの言語の専門家を目指す人たちは、アメリカや、ヨーロッパや、中国や、様々なその言語圏内に留学し、お金をかけて、親元や家族とも離れ、その言葉を話している人たちの暮らしの中に入る努力をして、その言語を身に着けています。
それが、なんと、自分の住む町や、同じ県内で済んでしまうとなれば、他の言語と比べても、必要な環境を確保しやすく、実は、自分のすぐ隣に、手話がある!ということに、気付けると思います。

『手話通訳士になりたい』と言っても、その人によって、立場や状況も様々かもしれません。

おそらく、本当に「手話通訳士になる」人は、こうした環境の中で過ごすことを自分のものとし、多くの聴こえない人とともに、会話も、又、悩みも互いに分け合いながら、過ごしている場合が多いかと思います。
つまり、ろうの方と友達になり、日頃、楽しく手話でおしゃべりし、聴こえない方々と、日々、喜びも悩みも共にしている。ということですね。

一方、「手話通訳士ってどんな資格だろう?」とか、「手話を学んだらすぐに手話通訳士になれるのかな?」と、漠然と思い描いている方もいるかもしれません。

そういった後者の皆さんが、「手話通訳士になりたいな。」と思っておられる場合には、
ぜひ、地元のろうの皆さんと積極的に出会う努力をし、その皆さんと豊かに交流し合うこと。そのうえで、上記の筆記試験の内容をクリアすること。
これを、乗り越えれば、手話通訳士になれる可能性が広がるということを、お伝えしたいと思います。

また、手話通訳士を目指さなくても、ろうの方とは、豊かなお友達になれますし、手話がうまくならなくても、通じる範囲で楽しく交流することもできると思います。
手話通訳士を目指さない人に、手話を学ぶ資格がない、・・なんて思う必要がないということもお伝えしたいです!!笑

「手話通訳士試験は難しいですか?」と、尋ねて下さる方の中には、「手話を学ぶ」=「手話通訳士を目指す」と、思いこんでおられる方もいるようです。
でも、それって、ちょっと本末転倒!!
資格のために学ぶ前に、目の前にいるろうの方と友達になり、様々な交流を持つこと、その思いを伝え合う手段の一つが手話なのだということも、大事にしていただきたいと思います。

『手話通訳士試験は、難しいですか?』と、尋ねられたら、私は、「あなたの、手話を学ぶ目標は、なんですか?」と、多くの場合、質問返ししています。笑
意味なく、何でもかんでも「手話通訳士」を目指すより、多くの方には、まず、出会いと触れ合いを大事にしていただきたいと思うからです。

そのうえで、本当に、「手話の能力を本格的に通訳の域まで高めたい」「言語としての手話を、ある程度形になるまで学びたい」「本気で、手話通訳士として、聴こえない人の役に立ちたい」そう思ったあなたには、手話通訳士の試験は、もう、そんなに難しいものではなくなっているはずです。
そんなあなたは、思いを支えるだけの、聴こえない方との心の交流や、そこから積み重ねた裏付けのある能力が、育ち始めているはずだからです。

今年、その「心」のハードルを乗り越えたのは、108人。
それは、いよいよ本格的通訳のステージに立ったということでもあります。ここからの修行の方がもっともっと出会いは広く、時間も長い。
「手話通訳士試験は、本当に難しいのか?」「本当の手話通訳者とは何か?」を、ともに探る資格をあなたは得たのです。
いやいや、現場にはいろいろあります。ぜひ、一緒に試行錯誤しながら、良き道を切り開いて行きましょう。
そこに、あなたの手話通訳の力を待っている人がいます。
おめでとうございます。


※ 南 瑠霞:手話通訳士600番
(手話通訳士の名簿をみると、南の本名がわかります。笑)



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南 瑠霞の手話通訳士講座。みんなで共に学びあうから、元気になれる!!

「南 瑠霞公式メルマガ〜手話の学校」
手話通訳に特化したメルマガを、週2〜3回配信。手話をさらに深く学びたいあなたに。
登録 → https://shuwa-island.com/fx/ouhSOH








posted by 南 瑠霞 at 20:39| 東京 ☔| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月28日

「日本手話読み取り完全マスター」講座 御礼!!


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1月27日も、無事、読み取り完全マスター講座が行われました。
今回は、まずろうの方の手話をきちんと起こして行く作業に着目して、みんなでディスカッションをすることがメインとなりました。

多くの皆さんの悩みとして、「DVDなどで読み取りの勉強をしようとしても、自分だけでは、どこが読み取れていて、どこが読み取れていないのか確信が持てない」と言うものがありました。
確かに一人ではなかなか自信が持てないですよね。

南からの提案は、「『手話の動画を見て、なんとなく流れや意味がわかったら、だいたいまあ大丈夫』と言うところで、勉強を終えない!!」ということを、オススメします。

1〜2分のろう者の読み取りのための手話動画は、最近では、ネットでもDVDでも、良いもの、また様々なパターンのものが、たくさんあります。
映像は、何度でも疲れず(汗笑)同じ話を、同じ表現で繰り返し続けててくれます。
これを、学ばせてもらえるのは、とてもありがたいことです。
だからこそ、何度でも繰り返し映像を見せてもらいたい!
飽きるまで、見慣れて全て、もう全部覚えてしまうくらい見ても、誰にも迷惑をかけません。

それを使った読み取りのための、個人学習の手順を、私なりにご紹介すると、
◯ まずは、映像で表現された、全ての単語を1つも漏らさず、拾って書き出す。
◯ わからない、はっきりしないと感じるところは、その「直前の自分が明らかにわかる単語」を頼りに、その単語の次のアクションはなにかだけに集中して、1単語ずつとにかく拾い出す。
◯ わからないところをスルーせず、先に進む前に、一文ずつ確認して行く。(膨大な量に圧倒されず、1つずつつぶしていく。)
◯ どうしてもわからない時は、「ここがわからない」ときちんと書きとめ、いつ振り返ってもわかるようにメモしてから、次に進む。
◯ また、一見わかりにくい場所には、おそらくロールシフトや、主語述語の関係、目的語に当たる部分がどうなっているのかと言う表現も、隠されています。表出された単語は、単なる手の形だけでなく、表した位置や、動かした方向、語ったときの本人の顔や目の向きなども、落ち着いて確認してみましょう。
◯ さらに、混乱してわからなくなったら、お茶を一口飲んだり、立ち上がって背伸びをしてみるなどして、映像から目を離し、気分と視点を変えると、さっきまでわからなかったことが、ふと見えたりすることもあります。笑
そうやって、全文を確認していくことが、読み取り学習の第一歩です。

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なーんとなく読み飛ばしてしまうと、日本語で意味をまとめたときには、大勢には影響を与えておらず、明らかに間違っておらず、読み取り学習がうまく言ったように見えても、自分の心の中でいつまでたっても自信が持てません。詳細な部分が、しっかりと確信が持てていないので、自分で実は何がわかっていて 何がわかっていないのか納得がいっていないからです。
この読み取りの第一歩の作業の時は、意味が同じであっても、使った単語は何か? 表した語順がどちらでもよかったとしても、どの単語を先に表したのかなども、真面目に書き起こすことが重要になってきます。

ここを、面倒がらずに何度もいろんな映像で繰り返すことで、自分の目が、明らかに手話に慣れていくことが、確信を持ってわかってくるようになると思います。

さて、実は、この作業は、読み取り通訳の前半分の作業。この後の半分に「読み取った内容を、どのようにして日本語で伝えていくのか?」と言う問題が立ちふさがっています。笑
でも、この第1段階をクリアしていなければ、次には進めません。この部分は、多くの通訳者を目指す人には、頑張っていただきたいことです。ファイト!!

それで!!
私は、そこまでしても、まだ自分では不明点は残る。あ〜、ここがわからない。と思う部分がある!と思います。
え?そうなの? それじゃダメじゃん。と思わないで!!ちょっと最後まで聞いてください。
ここは私には、手話のロマンだと思っているところです。

私も以前は、そうやって自分で読み取りの勉強を繰り返す中で、「ここがな〜 なんかわからないな〜。この手の動きなんだろう????」と思ったまま、映像を閉じてしまったことが何度も何度もあります。
え?それじゃどうなるの? 全然勉強が終わらないし、手話の読み取りができないままじゃん!!と思うじゃないですか。
ところが!!
その映像の手話が、1週間後とか、2ヶ月後とかにまた見ると、ふとした拍子に見えることがあるのです!!!!!!!!!驚!!!!

私は、ある表現にずっと引っかかり、頭の隅でもやもやと不完全燃焼をしていたことがあります。それが、なーんか半ば諦めてほぼ忘れていたとき、何かのついでに2ー3ヶ月ぶりにその映像を見た時、おお!!その手話が何だったのか!見えたのです!!!!!
あ〜〜〜〜〜〜〜!!そういう意味だったのか〜〜〜〜〜〜〜〜!!と!!そのときの感動はいまでも忘れません。その映像はいまでも頭の中で再現できるし、そのときのろうの方の表情も顔の向きも表した手話も、いまでもはっきり目に浮かびます。なんということはない、単なる1つの単語ですが、連続した表現の中で変化がかかりその動きが、自分で見えていなかったのです。
それに気づいたときの感動は、もうまるで、そのシーンに映像の中でスポットが当たっていたのではないかというくらい、明るく囲まれているように、思い出します。笑

わからないことは、もちろん、最後まで整理がついていれば、手話通訳の先輩やろうの先生などに尋ねるのもいいことです。もちろん、良き先輩たちは喜んで一緒にその映像を見て、手話のあれこれを教えてくれるでしょう。その触れ合いも、とても嬉しく私たちの心に残ります。
ただ、もし、あなたや相手が忙しかったり、だれかに会うことができなかったり、質問のチャンスを失ったりしていても、凹んだり諦めたりする必要はありません。その場では放っておいても、諦めずにいれば、後日をれを読み取れる場合が明らかにあるのです!!
そして、そのときの感動は、人に教えてもらうより100倍とか1万倍とかすごくて、自分の誇りみたいになる!!!ということも、ご紹介しておきたいです。笑笑

今回の、読み取り講座では、受講生の皆さんと触れ合わせていただいて、こうしたことを考えました。
日本手話読み取り完全マスターの一助になりますように。
本当に、ありがとうございました。

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posted by 南 瑠霞 at 10:22| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月26日

手話通訳に向く人 2019 その2


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世田谷区内のとある駅前の花壇の花です。春がしっかりそこまできているのがわかります。


先日の投稿で、手話通訳に向く人の傾向について、ご紹介しました。

‪1、ものの見方‬
‪◯ 自分が通訳に向いていない。と明らかに思っている人‬
‪◯ 手話を最初に見たとき、カッコいいとか素晴らしいとか、感じた人‬
‪◯ 福祉と言語は別だと考えている人‬

‪2、メンタル‬
‪◯ 自分の上手い下手はさておき、また明日も学ぼうと思う人。‬
‪◯ わからないことがヘコむ材料とならず、その「わからない」ことこそ面白がって知りたいと思う人。‬
‪◯ 気持ちの安定している人‬

‪3、手話以前にその人が持っている下地‬
‪◯ 日本語の言い回しをたくさん持っている人‬
‪◯ 絵を描くのがうまい人‬
‪◯ 英語など、他の言語を学んだ経験のある人‬

などが、手話通訳に向く傾向があるなーと思うのが、私の肌の感覚です。

ここで、はっきりお伝えしておきますが、「手話を学ぶ=手話通訳者を目指さなければならない」と思っている人は、愚の骨頂です。出会いとコミュニケーションは、人の心を結ぶ最も大事なものであり、手話もまた一つの言葉として、その心根を忘れてはもはや学ぶ意味を失ってしまいます。
ここが気になる方は、その旨、ブログのこちらに記載しています。ぜひお読みください。
http://minamiruruka.seesaa.net/article/463823394.html

しかし、私は、ここからはっきりと、手話通訳について悩む方々に向き合った、心と技術の話をして行きたいです。なぜなら、通訳は2つの言語を扱うにあたり、それぞれの言語への「理解」をもとに、さらに言葉として話す「技術と能力」が必要だからです。
またこれは、聞こえない友人のお買い物に付き合うとか、一緒に遊びに行ったり 食事に行ったりした場所で簡単な説明をするといった「友人知人としての通訳」のことではありません。

例えば学校の授業で間違えた情報が伝われば、困るのは聞こえない学生。進路にも関わるかもしれません。病院で、医師の見立てや、薬剤師からの指示がゆがんで伝われば、聞こえない人の健康や、ひどい場合には命に関わる場合もあるでしょう。
裁判や警察で、会社の取引で、学校の保護者会で、聴者と同様に情報を得、あらゆる場面で、聴者と同様に自分の意見が述べられ、豊かなコミュニケーションをするためにこそ、通訳が必要な場合は多く、そこでどんな通訳者がつくかによって、聞こえない人の運命が左右されてはなりません。
また、私たちの主に携わる手話エンターテインメントの場面では、「正しい」ことが必ずしも、良い通訳ではありません。もちろん間違えてしまっては、元も子もありませんが、そこから先、情報発信者がそれをどのように伝えたいかによって、言葉遣いは、優しくも厳しくも、強くも弱くも、その趣旨に合わせて表現を変えていかなければいけません。
例えば、話し手が「それでかまいません。」と発言しても、それを伝える語調によって、様々な意味が生まれます。
ケンカごしに、上から目線で伝えられた「それでかまいません。」
にっこり笑って話した「それでかまいません。」
小声でボソボソと消え入るように口にした「それでかまいません。」
これらは、すべて、同じ言葉であっても、裏の意味が大きく違います。そのとき我々は、それをどう通訳すべきなのでしょうか?

通訳者の現場では、こうしたことが日常茶飯事、日々刻々 起こってきます。
こうした場面でも、元気にめげずにしっかりと活動したいとがんばっている現場の通訳者のみなさん。そして、それに続こうと努力している地域登録通訳者・手話通訳士予備軍の皆さん(つまり、今後通訳者として現場を持ってしっかり頑張って行きたいと志す方々)もまた、数多くいます。
通訳に携わる私たちは、力を合わせて、今、何をどう学ぶべきか、真剣に考えるときなのです。

ですから、私は、これらについても、熱く、みなさんと情報交換して行きたいし、ここまでの経験の中で、お伝えできる点は、思いを込めて伝えて行きたいと思います。
そんな中で私がこれから、様々語って行くとき、「南さん、通訳のことばっかり言ってるけど、手話を学ぶ様々な人のこともっと考えてください。手話を学ぶって通訳を目指さなければいけないんですか?」と、質問されても困ります。
それは、明らかに、NOだからです。
「手話を学ぶことは、手話通訳者を目指すこととは全く違うし、そんなことより、出会いと心のつながりはとても大切で、人として最も学ぶ価値も必要も暖かさも熱もあること」だからです。

でも!!本来の手話通訳者の現場では、技術と能力が必要です。
それは、誰もが、骨折の当て木や三角布のかけ方や、緊急除細動器(AED)の使い方を学んで、いざという時、隣にいる人を助けたいと願う心と、その先、実際に無影灯の中でメスを握り人の体を刻んで術をなし、患者の命を救うべく腕を動かす人となることには、隔たりがあるのと同じです。
英語やその他、様々な言語を学んで、その国の人たちと友達になり親交を深めることと、その人たちの言語と日本語の間に立って、通訳をすることもまた、大きな違いがあります。片言でも友達と楽しく時を過ごすことができればそれは人として豊かな場面をいくつも築けますが、その人のビジネスや病気など重要な局面で、2つの言語の間を行き来し、情報や気持ちを的確に橋渡しすることとは違います。

今、実際通訳の現場で、悩んでいる様々な人がいること、それを互いが支え合わなければいけないこと、これは、明らかな事実であり多くの人の願いであり、皆もっともっと通訳について学びたいと思っているのです。
通訳者になるには、通訳者になるための、学びや経験やトレーニングの積み重ねが必要です。そこで、私は、様々な努力を重ねたいと願っている人たちに目を向けたいと思います。そこにはそこの、そこに関わる人の、願いや壁や悩みがあるからです。

手話を知らない方、初心者の方など、手話について知りたいと思う多くの方に、たくさんのことを伝えて行くことも、大事なことですが、私はこれから、通訳についても、たくさん語りたいと思います。
これが、私のいまの気持ちです。

なるほどなーと思う人は、ぜひ、一緒に読んでください。考えてください。
よろしくお願いします。

いつも、このような私のブログにお越しいただき、本当にありがとうございます。



posted by 南 瑠霞 at 20:35| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

‪手話通訳に向いている人 2019 その1‬


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世田谷ではもう、早咲きの桜が開花を始めています


‪手話通訳士として活動をしていると「私も手話通訳士になりたいです。どうしたらいいですか?」「どんな人が手話通訳に向いているのでしょうか?」と、尋ねられることがあります。‬

‪今日は、そこに私なりの答えを書かせていただきたいと思います。読んでくださっているあなたからしたら意外!!なものもあるかもしれません。笑 でも、私はこう思います。‬

‪それから、その内容をご紹介する前に、まず!! 多くの人にとって、「手話を学ぶこと」と、「手話通訳者になること」は、別に考えたほうがいいかもしれないことも、最初にお伝えします。‬

‪私自身そうですが、手話と 音声の日本語では、表現形態も文法も違います。その中で学ぶ、手話の素晴らしさやろう者の力強さ 人の生き様、また逆に、二つの言葉を学ぶことで見えてくる日本語への気づき、面白さは、通訳に関係なく私の人生を大きく豊かにしてくれています。‬
‪また、聴こえない友人たちや、若き頃お世話になったろうのおじちゃんおばちゃんたちとのふれあいも、いま私の心に暖かく強くその芯をなしており、それは「心」の問題であり、通訳技術とは関係ありません。笑‬
‪出会いは、人を豊かにし、自分と違う文化や言葉への尊敬を生み出し、通じないと感じたときの「伝えたい」と願う人の想いは、何よりも互いを強くし、人と人をつなぎます。そのコミュニケーションにウマいもヘタもないし、まさにヘタでも心は相手に向かって乗り越える力を持っています。その喜びや感動が、技術を超えることは、多くの人が知っています。‬

‪私の周りには、手話がなかなかうまくならなくても(ごめんなさい/汗&笑)、飲み会でなら、なぜかろうの人と面白いくらい通じ合っている友人もいますし、通訳なんててんでできなくても、ろう者とサッカーをしているうちに、試合中の手の合図なら即座に判断して動ける人もいます。こうした方々には、もはや私もついていかれません。汗笑 心と思いが!言葉と文化の壁を!乗り越えているのです。‬

‪私はこれがまさに「手話」と実感していますし、これほど人を熱く暖かくしてくれるものはないと思っています。‬
‪今からするのは、手話の技術や通訳の話ですが、こうした「思い」こそが人の心の石杖であり、何者にも変えがたいということは大前提。つまり、「手話を学ぶ」ということについて”向く向かない“は一切関係なく、出会いは誰にも大いに意味と価値があり、友情も喜びも喧嘩も仲直りもたくさんの人間模様があることこそが生きるということであり、「手話に向く向かない」を問うのは愚の骨頂だということです。‬
‪ここを押さえた上で!! 話を始めましょう。‬

‪さて、ここから本題です。‬
‪手話通訳(いや全ての言語通訳に当てはまるかもしれません)を目指す人にとって、それが自分に向いているかどうか?は、気になるところです。‬
‪また、私がここまで、手話を学んでいる方々とふれあう中で、明らかに「通訳」に向く人と向かない人はいます。‬
‪私は、日頃から、ろうの人と遊びまくって、なぜかその中から手話を覚えて通訳をするようになったタイプですが、そこまで深くろう者の世界にどっぷり浸りきっていなくても、通訳がサラサラとできるようになる人がいるのです!!明らかに!! 大汗 はっきり言って、うらやましいです。笑‬
‪さて、そんな手話通訳に向いている人とは、どうやらこんな人です。‬

‪1、ものの見方‬
‪◯ 自分が通訳に向いていない。と明らかに思っている人‬
‪◯ 手話を最初に見たとき、カッコいいとか素晴らしいとか、感じた人‬
‪◯ 福祉と言語は別だと考えている人‬

‪2、メンタル‬
‪◯ 自分の上手い下手はさておき、また明日も学ぼうと思う人。‬
‪◯ わからないことがヘコむ材料とならず、その「わからない」ことこそ面白がって知りたいと思う人。‬
‪◯ 気持ちの安定している人‬

‪3、手話以前にその人が持っている下地‬
‪◯ 日本語の言い回しをたくさん持っている人‬
‪◯ 絵を描くのがうまい人‬
‪◯ 英語など、他の言語を学んだ経験のある人‬

‪・・・私にも、これは当てはまっているものもないものもあります。汗‬
‪特に2のメンタルは、足りないなあ・・・・大汗 &笑‬

‪ひとまず、今日のブログはここまで。‬
‪箇条書きにしたそれぞれの項目が、一体どういう意味なのか? 引き続き、私見をまとめていきたいと思います。感謝。‬



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‪「すぐに役立つ!日本手話 読み取り 完全マスター」講座‬
‪2019.01.27(日)世田谷近辺‬
http://minamiruruka.seesaa.net/article/463719028.html
※ この情報は、開催終了後、すぐに消えてしまいます。







posted by 南 瑠霞 at 09:46| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月17日

「手話の電話リレーサービス」と「遠隔手話通訳」の違い!!


最近、画面に手話通訳の方が出てきて、
遠くにいながら、通訳サービスをしてもらえる方法を、
時々、街で見かけるようになってきました。

これ、似ているようでちょっと違う、
2種類の方法があるのをご存知でしょうか?

「手話の電話リレーサービス」と「遠隔手話通訳」
この違い、ご存知ですか?


遠隔手話通訳.png
「遠隔手話通訳」は、聞こえる人と聞こえない人が、お互い目の前にいて、
手話通訳を通して話したいとき、
わざわざ、手話通訳者に駆けつけてもらわなくても、
遠くの通訳者にお願いして、そのまま、
パソコンやタブレットの画面を使って、通訳してもらうというもの。


電話リレーサービス.png
「電話リレーサービス」とは、聞こえない人が、
手話のできるリレーサービスに頼み、
さらに別のところにいる聞こえる人に、内容を音声で伝えてもらい、
相手の音声を、手話に変えて画面から伝えてくれるというもの。
これは、まさに、一般電話の代わりになるサービスです。


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さて、そんなわけで、
以前、きいろぐみデフキャストの元美が、福岡で利用した、
聞こえない人向けの手話フォンは、
この、電話リレーサービスの仲間のようですね。

こうした遠隔手話通訳や、電話リレーサービスは、
聞こえない方がより便利に使えるようにと願いを込めて、
開発されてきたものですが、
いまでは、逆に、「手話のできない聞こえる人」もまた、
聞こえない人との会話を助けてもらえる便利なものになりつつあると思います。

技術の進歩で、
みんなのコミュニケーションが、軽やかになるのは、
素敵なことですね。

手話を勉強中のあなた、いままで、
手話の「電話リレーサービス」と「遠隔手話通訳」の違いって、なんだっけ??
とモヤモヤしていませんでしたか?汗

あなたのお近くでも、
遠隔手話通訳サービスを導入している自治体などもあるはずです。
空港などでは、電話リレーサービス形式で、
聞こえない方が利用できる電話も増えてきました。
ぜひ、色々チェックして見てください。
いつも、このブログを見てくださって、ありがとうございます。
感謝。




posted by 南 瑠霞 at 18:47| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月12日

手話学習会の飲み会では聞こえる人同士こそ楽しく手話で話そう!!


先日、手話あいらんど手話教室の、
秋の締めくくりの飲み会がありました。
あちこちで笑いが沸き起こり、
楽しい飲み会でした。

講師が持ち寄ったプレゼントを、
じゃんけんでゲットするゲームも恒例になりましたが、
最後に当たると、
その生徒さんは、自己紹介をしたり、
手話教室に通った感想なども、手話で話します。
手話を始めて3ヶ月の入門の人も、
ちゃんと、「楽しかったです。」と手話でお話ししてくださったりして、
本当に、嬉しいひと時でした。

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手話あいらんど手話教室の飲み会には、
約束事があります。
せっかく手話を学んだ仲間同士、
聞こえない先生を囲んで飲んだり食べたりするなら、
聞こえる人同士であっても、
会話には「全て手話をつけよう!」というものです。

聞こえない人が日常つまらないと思う場面に、
必ずと言っていいほど、あげられるのは、
実は「飲み会」というのがあります。

聞こえる人たちが誘ってくれて、みんなと飲みに行ったとき、
みんなも、聞こえないご本人と直接話す時は、
筆談や、口をはっきり開けて正面から話してくれたりするのですが、
周りの人とワイワイ話すような状況になると、
常に聞こえない人にわかるように、
話してくれる場合ばかりではありません。
そんな時、誰かが何かを言って、みんながドッと笑っても、
そこからどんどん話がはずんでいっても、
聞こえない人は、とっさにわからず、
ついていけなくなってしまうことが多いのです。

そんな時、聞こえない人は、
「せっかくみんなが盛り上がっているのに、
自分が『なに?なに?』と、何度も聞くのも申し訳ないなと思うと、
意味もわからないけど、ニコニコして、みんなに合わせているんだよね。
一度や二度ならいいけど、これが毎回続くと、
つまらないし、でも、せっかく誘ってくれているのに、
つまらないとも言えないし。
とても複雑な気持ちになるんだ。
でも、正直にいうと、実はつまらない。汗&笑」と、
口々に、言うのです。大汗

手話あいらんどでは、
せっかく手話を学んだ人が、
打ち上げだから、無礼講だと言って、口で話してしまったら、
聞こえない人も一緒に飲んでいるのに、もったいない!
と考えています。だから、みなさんに、
「声もあっていいから、ぜひ、
聞こえる仲間同士の会話こそ、手話をつけて話しましょう。」
と提案しています。
私自身、手話教室の飲み会では、声を使わず手話で話しています。

聞こえる人は、話し相手ではない、近くの誰かが、
何かを言って、面白ければ、突然その話に乗れます。
声の世界にいると、聞こえない人は、この状況にはついていけないことが多くあります。

でも、実はこれ、手話で話していれば、
聞こえない人にも同じ状況が作り出せるのです。
みんなが下手でも一生懸命手話で話していれば、
くだらなーい話も、横目に見て、パッと目に飛び込んできて、
聞こえない人は、それを読み取って、その話にも乗れる!!のです。
(実際、聞こえないろうの人同士の飲み会では、
当たり前ですが、こういうことはしょっちゅうです!!笑)

そんなわけで、
手話を学ぶみなさん!!
聞こえない人は、「飲み会の」「くだらない話」こそ!!
手話であなたと話したいと思っています。
そして、あなたが聞こえる他の人と、
何を話しているか知りたいと思っています。
興味があるかどうかは、見て見なければわからないし、
見てみれば、バカらしくて、どうでもいいこと!かもしれない、
でも、そのことを、自分の目で見て、実感したいのです。

そんな話を、いつもろうの友人から聞いていて、
手話を学んだみなさんとは、ぜひぜひ、
一緒に、そういうことも考えたり、
実際に、その「バカ話」を手話でしたりしてもらいたいなーと、
とても思っています。

下手でもいいんです!!
聞こえない方がおられる場面では、
手話を学ぶ聞こえるみなさん同士の会話こそ!
ぜひ、諦めて声で話さず、
一生懸命、手話単語を探しながらでもいいので、
手話や身振り手振りでいっぱい話してみてください。
それは、必ずあなたの手話もうまくするし、
隣にいる聞こえない人をハッピーにする行動の一つなのです。

手話での出会いを大切に。
みんなで、下手でもいいから、楽しく手話で話しましょう。

本当に、いつもブログを読んでくださって、
ありがとうございます。

南 瑠霞






posted by 南 瑠霞 at 18:47| 東京 ☁| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

手話通訳者と手話通訳士の違い


関東で、様々な手話サークルにお邪魔すると、
皆さん、表現技術や単語ばかりでなく、
いろんな手話情報を勉強しておられるのですが、
意外に多いのが、
「手話通訳者と手話通訳士って、どう違うの?」
という質問です。

平成元年から始まった手話通訳士資格試験も、
今年で30年となり、
毎年受験する方も、全国におられるので、
そういった方々を、
応援するためにも、この違い、知っておくといいかもしれません。


また、私は、
「手話通訳士になりたいので、方法を教えてください。」
と、よく相談をいただくこともあります。

その時も、
「ええと・・・・
あなたがなりたいのは、手話通訳者ですか?
手話通訳士ですか?
どういった意味で、手話通訳士と言っていますか?」
とお聞きすると、
ほとんどの方が、
「え・・・その二つは、違うんですか?
どっちと言われても・・・わかりません・・・・」
と、おっしゃいます。


最近、なんとなく聞くことが多くなった
「手話通訳士」という言葉ですが、
これ、「手話通訳者」と言う場合とは、
ちょっと意味が違います。

手話通訳者とは、手話通訳をする人のことをさし、
手話通訳士とは、厚生労働大臣公認の資格
(または資格の持ち主)のことをさしているのです。

ですから、手話通訳者 と言えば、
手話通訳者として活動をしている人全般のこと。
手話通訳士 と言った場合は、
手話通訳士の資格を持っている人。と言う意味になります。

多くの場合、地域の登録通訳者は、
必ずしも、手話通訳士の資格を持っておらず、
それでも、きちんと勉強をすれば、
地元で、たくさんの手話通訳活動ができます。

手話通訳士とは、その中でも、
厚生労働大臣公認の資格を持った人のことを言うことになりますので、
手話通訳者と手話通訳士は、
イコールで結ぶことはできません。

また、地域の登録通訳者の方にも、
初心者で、これからたくさんの勉強が必要な方もおられますし、
手話通訳士の資格を持っていなくても、
それ以上の素晴らしい能力を持っておられる方も、
たくさんいらっしゃいます。

一方、私のように、手話通訳士であっても、
主な仕事が手話通訳でなく、
手話パフォーマンス、手話コーディネート、
手話指導などの仕事をしている場合は、
手話通訳者とは言いません。
ですから、私は、手話通訳士であっても、
主な仕事は、手話通訳者ではありません。

ちょっと区別が、難しいですが、
なんとなく、内容はわかっていただけましたか?


また、これは、あくまで 私の印象ですが、
多くの方が手話通訳の勉強をするときは、
最初に、地元の登録「手話通訳者」になることを目指し、
そのうえで、もっとさらに活動の幅を広げたい、深めたいと思う方が、
「手話通訳士」を目指すということが多いように思います。

私は、手話の勉強をする人が、
必ずしも手話通訳者や手話通訳士を目指す必要はないと思いますし、
多くの方には、難しいことを考えるより、
もっともっと、聞こえない方とたくさんのふれあいを、
していただきたいと願っています。
ただ、せっかく手話と出会ったのであれば、
聞こえない人を取り巻く環境なども、ともに学んべば、
言葉への理解もさらに深まるかもしれないとも思います。

全国には今、「手話言語条例」も広がっています。
2013年、鳥取県で、制定されたのを皮切りに、
今年、2018年5月現在、179の自治体が、「手話言語条例」を施行しています。
今、手話の世界は、大きな変化を遂げている時期でもあるように思います。
手話通訳やいろんな制度のことも、みんなで学びあいたいですね。



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季節は進み、東京の街角には、
青くて若い柿やみかんの実も!!
間もなく夏がやってきます。





posted by 南 瑠霞 at 00:13| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

聞こえない人にとって映像字幕で最も大切なものは?


テレビもデジタル放送時代になり、
生放送でも、番組に字幕がついていることも増えました。
映画では洋画は、字幕版も多く、
聞こえない人の中にもファンがいっぱいいます。

ただ、まだまだ、映画館に行っても、
アニメ映画に字幕がないとか、
邦画の字幕は期間限定で、午前の時間帯しか見られないとか、
とある決められた1週間などしか見られないことも多く、
聞こえない人にとっては、不便なこともいろいろあります。
テレビ放送も、深夜の時間帯のバラエティなどでは、
人気で話題になっている番組でも、字幕のないこともあります。

以前、とある新聞社の方が、
映画の字幕上映を求める私を取材に来て、
「南さんは、これが、いい映画だから、
聴こえない人に見せてあげたいんですね。」
と言ったことがあります。

でも、福祉・ボランティア的観点から見ても、
この考えは、もう古い!!

映画やテレビの字幕は、
聴こえる人が考えて、
いい映画だからと、聴こえない人に、
つけて見せてあげるというような、上から目線で考えても、
良い方法や答えは出ないのだ。
本来の意味での、バリアフリーとか、人としての平等を考えるなら、
そういうものの見方こそ、大きくずれているのであり、
実は、字幕が付いてこそ、
「聴こえない人自身が『自分の目で』」
いい映画かどうかを 判断することができる!
ここが、最も重要なことだ。

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また、とあるメディア関係者に、
「聴こえない人が、映画の内容を知りたいなら、
一緒に行った人が、通訳をしてあげればいいじゃない。」
と言われたこともあります。

(でも、そもそも、
映画館などの暗がりで通訳をするということ自体、
口元が読めない、手話が見えづらい!ということになり、
不便だということも気付いてほしいし!!笑
そこを見えやすくするために、明かりでも照らそうものなら、
それこそ、周りの方々に迷惑をおかけする!!
ということは、あえて、おいておいて・・・汗&笑)

字幕は、聴こえない人が、
映像の内容を知るためだけに あるのかどうか?
こここそ、私たちは、みんなで考えなければならないと、
常々思っています。

実は、字幕とは、
「ねえ、今、あの人何を言ったの?」
「あれ? これ、どういうストーリー?」と、
一緒に映画やテレビを見ている友達や家族に、尋ねることなく、
同じように同時に対等に楽しみ、
「あれ、くだらないねえ・・」と笑ったり、
「私、このセリフ好きだわ!!」と、
話したり、感じたりするためにこそ、
あるのではないか?

聞こえない人も、友人や家族に尋ねたり、
教えてもらったりすることなく、
自由に同じものに触れられること。
相手に手間をかけさせず、
まさに対等に、情報を得られること。
ここに、字幕の大事な意味があると、私は思う。

だから、字幕は、
聴こえない人にとって、
ある意味誇りであり、自立であり、
喜びであり、自由を保障するものなのだと、
多くの聴こえない友人たちと触れ合いながら、
いつも、感じるのです。

字幕については、最近でも、聞こえない人たちと、いろいろ話していると、
テレビの生放送では、文字情報が出てくるのがすごく遅くて、
どの話題の字幕なのかと頭が混乱したり、
CMには、字幕がほとんどないから、
結構人気のものでも、聞こえない人の中には知らない人もいるとか、
テレビではついていた字幕が、いざDVDになったらついていなかったとか、
そういう場面に多く出くわし、
寂しい思いをすると、教えてくれます。
ここからも、少しずつ、いろんなことが良い方向に変わっていくと嬉しいですね。

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聴こえない人が、
テレビや映画、DVDなどに、
字幕がほしいな〜と、言っているとき、
その人の中にある、
便利さ以上に大事な 心の誇りにも、
私達は、気づいていきたいなと、思います。

多くのみなさんと一緒に、
いろいろ考え、学んでいきたいと思います。
いつもありがとうございます。





posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

心ある手話通訳に感動!!


今週、都内のとある手話サークルにお邪魔した時、
とてもいい手話通訳に出会い、
感動しました。

その方は、まだ初心者の方で、
サークルの様々なイベントや連絡事項の説明を、
勉強のために通訳されていました。

もちろん初心者なので、そんなにペラペラ手話で話せるわけでなく、
語彙も少ないのですが、
なぜ、この方の手話通訳がそんなに良かったのでしょうか?

それは、その方がとても誠実に、通訳をされていたからです。

まず、その方は、練習のために通訳をしていたので、
スピードがとても遅かった!汗
遅かったけれど、
その方は、知っている単語、学んだ単語は、
とてもきちんときれいに表現されていました。
また、わからない時は、必ず手を止め、
通訳の先輩に表現方法を聞き、それを丁寧に再現し、
決して、表現を飛ばしたり、
いい加減な手の形でごまかすことがなかったのです。

サークルの連絡事項は、かなり多量にあったので、
普通なら、途中で心が折れて、
練習なんだから、まあいいや・・なんて思い、
いい加減な手話でも、とにかくやって、
適当に終わらせてしまいたくなるような場面でした。
何せ、ちゃんとできなくても、初心者ですから、
聞こえない人も、たとえわかりにくかったとしても、
「一生懸命やったね。よかったです。」
と、その方をほめてくれたかもしれません。
わからなくなれば、途中で、ごめんなさいと言って、
誰かに代わってもらってもおかしくなかったケースです。
でも、その方は、違いました。

最後まで、心折れることなく、
わからない時は、いい加減な表現をせず、
きちんと手を止め、話を止め、やり方を確かめ、
一つ一つ、丁寧に、
連絡事項を通訳していったのです。
時間はかかりましたが、
サークルの皆さんも、優しく見守っておられました。

その方は、とうとう最後まで、きちんと手話通訳を終え、
サークルの連絡事項は、きちんとろうの人にも伝わりました。
その方の通訳は、遅い!ということを除けば、
完ぺきだったのです!!

この方は、通訳で最も大事な、
「わからない時は、話を止めて、聞き直す」ということを、
初心者であったにもかかわらず、責任を持って行い、
内容が、最後まで、きちんとろうの方に伝わったというわけです。

もちろん、正式な手話通訳者なら、
さらにスピードも速く、さっさとできたかもしれませんが、
でも、私は、この方の場合は、満点だと思いました。

下手でも、手話が分からなくても、
自分が恥ずかしいかどうかとか、
早くできないことを申し訳なく思うとか、
そういうところに、心を持って行かず、
とても大事な「相手に、内容を伝える」ということに、
集中して頑張ったからです。

このような通訳なら、聞こえない方も、安心してみていられますし、
本人も、1回ずつきちんと確認しながら手話を表現していますから、
次に同じ表現が出てきたときは、必ず、自分の力でできるはずです。

正直、新人さんの手話通訳は、
見ていてハラハラすることも多いのですが(ごめんなさい。大汗!)
この方の通訳は、かなりの初心者であったにもかかわらず、
私も安心して見ていられました。
どんなに遅くても、語彙が少なくても、
ご本人が、通訳内容に責任を持ち、
わからないところは、一回一回全部ちゃんと先輩に尋ねて、
最後まで伝えきったからです!!

ああ!!
この方は、今はまだまだでも、これから、ぐんぐんうまくなるし、
「何が大事かわかっている」ので、いい通訳者になるだろうなあ!
と、思いました。

初心者であることや、語彙の少なさや、多少の手話のうまいヘタは、
実は、「本来の通訳」の、良し悪しには、あまり関係がないのです。
「誠実に伝えることに集中すること」こそが、心ある通訳というものだなーと、
さわやかな気持ちになりました。

手話には関係ありませんが、
私にも、いろんな場面で、苦手なことはたくさんあります。
その時、作業をテキトーにやってしまったり、
どうせへたくそなんだから、どうでもいいや、と思ってしまうこともよくあります。
そんな時、もし、この方ならどうするだろうかと思うと、
ちょっと恥ずかしい気持ちにもなりました。

大事に丁寧に、できることを誠実に行う心は、
何事をも、成し遂げるための、基本中の基本だけど、
多くの人が、忘れてしまっていたりもするように思います。

本当に、素敵な手話通訳を見せていただいて、
感動して、幸せな気持ちになりました。
良い1日でしたので、ご報告させていただきます。
ありがとうございます。


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都内の道端には、この時期、いろんな花が咲いています。








posted by 南 瑠霞 at 23:22| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

手話で仕事をするには?アルバイト編


手話を学んだ若い方から、
「手話でできるアルバイトはありませんか?」
とよく、尋ねられます。
なんとか 覚えた手話を生かして
バイトができれば
確かに素敵ですよね。

今夜は これについて
南の率直な意見を
2つ お伝えしたいと思います。

image/2018-05-05T233A423A05-1.JPG

@
確かに 覚えた手話が 活かせるバイトがあれば
とても良いと思います。
でも 皆さんが想像するより
手話が 本格的にできなければ、
手話のアルバイトはできません!!

本当に、ごめんなさい。
手話でアルバイトをする とは、
手話を使って、聞こえない人と通じ合える状態で、
アルバイトをするということです。
少し習った手話で、あいさつや自己紹介ができる程度では、
相手の聞こえない方の手話を読み取ったり、
いろんなやりとりをすることはできません。

本格的な、手話のアルバイトとは、
現時点では、たとえば、手話通訳や、
地域の手話ボランティアという形が、
主流であり、
それができるのは、2〜3年以上
きちんと手話を学んだあとのこと。

また、
そうした地域通訳は、
自分の都合のいい時間帯ではなく、
相手の聞こえない方の都合に合わせて発生します。
ですから、いわゆる若い方の、
自分の都合に合わせて、自分の目標金額を貯める
ということが目的のアルバイトを、
手話に求めるのは、
あまり現実的ではないかもしれません。

私や友人も、大学生のころ、
いわゆる『手話のアルバイト』をしました。
私の場合、大阪府の登録試験に合格したあと、
大阪府提供のテレビ番組の通訳に、
隔週で出るというものでした。
友人の場合は、私よりさらに深く手話を学んだ方で、
京都の聴言(ちょうげん)センターという、
現在の聞こえない人向け情報提供施設で、
夜間の、待機手話通訳のアルバイトをしていました。
ただしこれらは、都道府県の手話通訳者の資格、
または、それと同等の能力がなければ、
できないアルバイトです。

最近では、
各大学ごとに、聞こえない学生向けの、
授業の手話通訳の学生アルバイトを、
求めているケースもあります。
でも、これも、
聞こえない人の授業の都合が最優先であり、
もちろん、その授業内容を手話通訳できなければ、
役目が果たせません。

こう考えると、
手話のアルバイトとは、
「手話のできる人が行う アルバイト」
ということであり、
ちょっと空いた時間を使って、
簡単な気持ちでできるアルバイトの範囲を、
越えているといわざるをえません。

image/2018-05-05T233A423A05-2.JPG

ですから
みなさんには、そういう
手話のアルバイトを目指す前に、
考えてもらいたいことがあります。
それは、

A
手話を使ったアルバイトではなく、
「アルバイトで、手話を生かす!!」
ということです。

ろう学校の近くのマクドナルドなど
ファストフード店で、アルバイトをする。
ドラッグストアーやスーパーのバイトなどで、
聞こえないお客さんが来てくれたら
にっこり笑って、
手話であいさつをする などということです。

また、本当に、
聞こえない人たちとの出会いを考えているなら、
地域のコミュニティセンターや、
ボランティアセンター、
または、聾学校、
聴覚障害者むけ情報提供施設の近くの
バイトを探してみましょう。
そういう場所周辺のファミレス、コンビニ、
ドラッグストア、ファストフード店、
居酒屋などなら、
手話などの活動帰りのサークルの人やろうの方が、
利用したり集まったりする可能性が高いはずです。

そうすれば、そこに、
聞こえない方との出会いがあり、
コミュニケーションが生まれ、
あなたの手話を生かす場になるかもしれません。

以前 私の住まいの近くに、
福祉の専門学校があり、
そこに手話を学んでいる学生さんたちが
大勢いました。
近くのファミレスでは、
そこの学生さんが、アルバイトをしていることがあります。
もちろん、そこのバイトは、ごく一般的な接客業です。
ふだんは、手話や筆談などをすることは、
全くありません。
ただ、偶然聞こえない方と、そこに食事に入ったとき、
ちょうど、手話のできる学生バイト店員が、
テーブルにきてくれたことがあります。
その学生は、聞こえない人がいるとわかったとき、
すぐに、一生懸命手話で話しかけてきてくれました。
まだまだ、つたない手話で、間違いだらけでしたが、
聞こえない人は、大感激!
その日、再度注文をするときは、必ず、
その学生に手を振って、テーブルに呼んで、
オーダーをしていました。
こういうバイトでの出会い、学生にとっても、
ろうの方にとっても、嬉しいですね。

うちの手話教室の受講生の方の中にも、
マクドナルドで、バイトをしている学生さんがいました。
時々聞こえないお客様が見えるので、
カウンターで、手話でやり取りすることがあると、
言っていました。

また、私が毎年手話講座をさせてもらっている
短大の学生からも
いろんな話を聞くことがあります。
受け持っている手話の授業は、
もちろん入門講座ですので、
みんな、自己紹介や簡単な会話ができる程度で卒業です。
ある学生が、授業の終わりごろ、
この数ヶ月で覚えた手話で、話しかけてきました。
「先生!!僕は児童館に就職します。
先日、その児童館にお手伝いに行ったら、
ある子供の親御さんが、ろう者でした。
僕、手話で話せるかな?すごく緊張します。」
と言うではありませんか。
もちろん、私の答えは、
「大丈夫!!」!!
私は、こういう彼にこそ、
本当に、せっかく自分で選択して受けた
手話の授業を生かしてもらいたいと思いましたし、
それを、手話で私に報告してくれたことも、
とても嬉しいことでした!!
私は、
「大丈夫だよ。先ずは、習った手話で、あいさつしてみて!
相手のろうの方は、すごく喜んでくれると思うよ!!」
と伝えました。
きっと、彼は、
就職前の助っ人のアルバイトとして、
児童館で、ろうの親御さんと、
身振り手振りや手話で
少しずついろんな話を、したことと思います。
とても嬉しい出来ごとでした。

私は 手話を少し学んだ皆さんにも
たくさんの出会いを体験してもらいたいと思います。

手話を学んで まだまだの方は
すぐにバイトに結びつけるより
「あなたのバイトの現場や
あなたのいるその場所で
学んだ手話を生かすこと」を オススメします。

手話は 出会いとコミュニケーション!
手話を通じて 皆さんの世界が
もっともっと 豊かになりますように。


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東京も あちこちに いろんな花が咲いて
とても賑やかな季節になりました!!








posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

左とん平さん ありがとうございました!!


かつて、TBSの「ラブレター」というドラマで、
左とん平さんと半年間ご一緒させていただきました。
今でも、その時の撮影風景や、スタジオの様子が目に浮かんできます。

今年2月、大杉漣さんにつづいて、
左とん平さんの訃報が届き、とても寂しく、
忙しさの中、ブログも更新できていなかったので、
ゴールデンウィーク中の今、
メッセージを、投稿させていただきます。


ラブレター.jpg
(C)手話あいらんど/TBSドラマ「ラブレター」


左とん平さんは、私たちより何世代か上の俳優さんで、
私が子供のころから、
元気な面白い演技で、いろんなドラマに出演されていて、
心に残る役者さんの一人でした。

その左とん平さんと、私が初めて生でお会いしたのは、
鈴木亜美ちゃんらが出演した「ラブレター」というドラマの顔合わせの日です。
その日から、とん平さんは、
レギュラー出演陣として、いつもスタジオに来ておられ、
私たちは、毎日のように、
撮影や休憩時間を、共に過ごさせていただきました。
ご一緒させていただいた半年間は、私たちにとって宝物となったと感じています。

聞こえない女の子と暮らすことになった家の、
おじいちゃん役だったとん平さんは、
役柄の中では、温かみのあるうまへた手話(笑)で、
いろんなセリフをお話をされていました。

実は、ドラマの中でのとん平さんの手話表現は、
半分は私たちが提案した手話単語でしたが、
残りの半分は、
ご自分で身振りの中から生み出して、表現されたものでした。
買い物なら、紙袋を提げている様子、
部屋の電球なら指差せば良いね、
船は、ちゃぶ台のお皿を持って揺らせばどうだろう・・
などなど、
とん平さんの、やわらかい頭から生み出された、
暖かい表現が、ドラマの中に、あふれていたのです。

これ、ドラマの役柄ということに限らず、
聞こえない相手と通じ合える方法は山のようにあるのに、
話すことをあきらめてしまうことが、私たちにはよくあります。
その壁を乗り越えるのは、実は技術でなく、
「思い」だということ。
私たちが、最も忘れがちなこのことを、
左さんは、改めて、
役作りの中から教えてくださったように思います。

とん平さんは、
休憩時間には、ろう者スタッフと通訳を交えることなく、
これまた、身振り手振りで、
「早く、食事にしたい」とか、
「夜遅くて疲れたね」なんて、
本当に、たくさんのお話をされていました。
最初は、大ベテランの俳優さんで、
気難しいのではないかとか、
怖いのではないかなんて思っていたのですが、
それは、大間違い!
実際にお会いしたとん平さんは、
楽しくて、優しくて、本当に素敵な方で、
ドラマが終わっても、
お別れしがたい気持ちでいっぱいでした。

現場の演技という仕事の中で、
「心を込めて伝え合うこと」の大切さを、
教えてくださったとん平さんのことを、
今も、暖かく思い出し、
また、これは人生の先輩からの生き方へのメッセージなのだと、
改めて感じています。

今朝がた、ふと、左とん平さんの笑顔が浮かび、
ドラマの打ち上げでも、
「いや、本当に、僕は手話が下手だった。
若いとき、もっとやっとけばよかった。」
なんて、おっしゃっていたのを思い出しました。
いいえ、そんなことはありません。
とん平さんは、そのまま、
聞こえないスタッフといろんな話をいっぱいしたじゃないですか。
それが素敵だったんです。
とん平さん!!

私たちもまた、とん平さんの暖かい心を胸に、
手話の夢の配達人として、前に進んでいきたいです。
本当にありがとうございました。
いつも、心のそばに。


とん平.jpg
ドラマ「ラブレター」で、笑顔のとん平さん。
耳の聞こえない主人公美波との食事シーンで。








posted by 南 瑠霞 at 07:46| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月26日

「ろう者」?「ろうあ者」?


かつて、ある新聞の取材で、
「 私達は現場で普段、
先天的に耳が聞こえず手話を使う聴覚障害者のことを
『ろうあ者』という言葉で表現することがあります。
南さん達は、『ろう者』という言い方を使っているようですが、
この二つの言葉には、違いがあるのですか?
また、違いがあるとしたら、どういうことでしょうか?」
と、記者の方に尋ねられました。

最近では 行政でも 新聞でも
「ろう者」という表現を使う場面も
広がっては来ましたが
まだまだ 「ろうあ者」という言い方をする人も
いるようです。

ちょっと この二つの言葉について
触れておきましょう。

私も、ずっと昔、手話を学び始めたときは、
『ろうあ者』という言葉をよく使っていました。
でも、それから、数十年たち、今、
私の周りで「ろうあ者」という言葉を使っている人は、
格段に減ってきています。

「ろうあ」というのは漢字では「聾唖」と書きます。
『聾』は「耳が聞こえない」ことを示しており、
『唖』には「口でうまく話せない」という意味が含まれています。
ところが、この『唖』というのは、
聞こえないがゆえに二次的に発生している障害であり、
その人が『唖』という障害を持って
生まれてきているわけではありません。
又、ろうで、耳が聞こえないことを主体に考えた場合、
その人が、うまく発声できるかどうかを問う必要があるのか?
という議論もあります。
また、ろう教育が進んだ今、かつてとは違い、
トレーニングにより口である程度キチンと話して
意思疎通のできる人も、
かなり増えてきており、一概に聞こえないからと言って、
すぐに話せないと考えるのは、
行き過ぎなのではないかという考えも広がってきています。
つまり、「ろう」=「あ」ではない。
だから、耳が聞こえないことを示すなら、
「ろう」で十分その意味を伝えられる。
と、多くの人が考えるようになってきたのです。
そんなわけで、いつしか時を経て、
『ろうあ』という言葉は、今、
『ろう』というシンプルないい方に変わってきているんですね。

又、「聴覚障害者」という言い方・考え方にも、
最近では、違和感を覚える人が増えています。
聞こえない=障害 なのかどうか?
聞こえないとは、たんに耳が聞こえないだけであり、
背が高い人・低い人、髪の黒い人・赤い人・・・
そんな違いの一つとして、とらえていいんじゃないか?
ろうとは、耳が聞こえず手話という言葉を持ち、
ものを目で見て暮すという文化を持った、少数派の人たちだ。
それを障害者と言い切るには、抵抗がある。
そう思う人々にとっても、『ろう者』ということばは、
とても大切なものになっています。

「ろう者」という表現には、
そんな多くの人の思いが込められているんですね。
「ろうあ者」と「ろう者」、
ほんのひと文字の違いですが、
そこに秘められた熱い気持ち、
あなたもちょっと感じてみてください。


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関東も 季節は初夏に向かっています!





posted by 南 瑠霞 at 22:28| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

苦手な読み取り通訳、どうやって克服する?


ろうの人の手話がちゃんと読み取れない・・・
手話通訳をめざして学ぶ人の中から、
そんな悩みをよくお聞きします。

読みとれない・・といっても、
中身は、様々なのですが、
特に読み取りの、同時通訳について、ちょっと、
お話しましょう。
( 読み取りといっても、
私たちの中には、手話の映像を見て、
文字に起こして記録する・・・
なんて、仕事もありますが、
今日は、それは置いておいて・・・)

読み取りの音声同時通訳と言うのは、
手話を見て、
それを、日本語に変えて話していく作業です。

それがうまくできない・・・・
と言っている方の、ハードルは、
大きく3種類あるように思います。

@ そもそも手話がちゃんと読みとれない。
⇒ こういう方は、もっと手話の勉強が進めば、
読み取りは、うまくなるんじゃないかなあ・・・
特にろうの方の日本手話は、音声対応手話とは、
文法が違うため、まずは、日本手話自体を、
たくさん見て、慣れていけば、
ろうの方のお話されている内容が、
わかるようになって来る可能性大!!
がんばって!!

A 手話の話はわかっていても、
どう訳していいか、わからない。
⇒ 以前、
「ろうの人が手話の『単語』で言っていないことを、
日本語で勝手に作っていいの?」と言う質問がありました。
答は「そう『読み取れている』なら、
それを意味する日本語を、組み立てる必要がある。」です。
手話には、手話の文法があり、
空間の位置関係や、ちょっとした顔の表情・角度で、
文意はどんどん表現されていきます。
決して手話は、単語が羅列されているだけの言葉ではありません。
ですから、相手の手話から、確かにそういう意味が読み取れたなら、
それは、相手が本当に話していることです。
それを、日本語でうまく伝わるように文を作ること、
それは「勝手に」したことではなく、
それこそが「通訳」そのものです!!笑
日本手話は、並んでいる単語の形だけがすべてではありません。
日本語とは違う文法を持ち、語順も違う、一つの言語。
それを、単語だけ読み取っても、当然、内容は伝えられません。
もし、あなたの見た手話文が、
きちんと意味のわかる内容なら、
それを、いったん頭の中で理解して、
頭の中のイメージを、音声で描写しなおせばいいのです。
実はこれ、手話だけでなく、
全ての言語通訳の方がされていること。
言語通訳は、単語だけを拾って日本語に変えても、通じない。
だから、自分を信じて、自分の日本語で話すことが、
とても大事なんですね。
こういう悩みをお持ちの方は、
いったん頭の中をすっきりさせて、
伝わってきた手話を、
ゆっくり「自分の日本語」で話す練習をしてみてください。
遅くても、下手でも大丈夫!
まずやってみれば、コツがわかってくると思います。
一つの手話文を見ても、それを意味する日本語文は、何通りもあります。
場面に合わせて、どんな日本語表現がいいか考えられるようになってくれば、
あなたは、ずっと通訳者に近づいています。
がんばって!!

B 日本語にする方法じゃなくって、
そもそも、その日本語が危うい・・・・汗
⇒ ピンチです。汗&笑
それじゃ、どんなに手話の天才になっても、
通訳は、できない・・・・汗汗・・・・
出直しが必要です!!大汗
目指しているのが、ろう者との会話を楽しみ、
人生を豊かにすることであれば、
あなたの手話生活は、とても有意義です。
ぜひ、楽しく手話を続けてください。
素敵な人間関係がたくさん作れると思います。
しかし!!
もし、万一、あなたが通訳者をめざしているなら。。。汗
ぜひ、自分の日本語を、
一から、やり直してください。
あなたは、手話に関係なく、
人前で、きちんと日本語で話すことができますか?
実は、きちんと話せない、苦手、
と言う人も、たくさんいるかもしれません。
でも、通訳は、そもそもそれができなければ、
仕事になりません。
手話通訳者は、人に言葉を伝えるメッセンジャーです。
ですから、
通訳する言語の両方が、きちんと使いこなせなければ、
用をたすことはできません。
英語と日本語、フランス語と日本語、中国語と日本語、
それぞれ通訳者の方は、二つの言語を使って活動されています。
自国語が、うまく操れない人は、
通訳には、向きません・・・・
(もちろん、それでも誰もいないよりは、
相手の話の分かる人がいれば、
助かる場合はたくさんありますから、
能力ゼロ!と言う意味ではありません。汗)
ただ、もしあなたが、
よりよい、きちんとした通訳者をめざすなら、
母語である日本語を豊かにしましょう。
これ、必須です。汗

さて、
あなたは、どのケース?
ちょっと、考えてみてくださいね。

でも!
手話の目標は、通訳者になることだけが
すべてではありません。
新しい言葉を知り、新しい友達と出会い、
豊かな人間関係を築くことは、
素晴らしいことです。
だから、みなさん、
通訳者になることとは、関係なく
手話は、楽しく続けましょう!!笑

もちろん、私も、人生いろいろ、様々な出来事がある中、
細くても、長く手話を続けたいと願っている一人です。

読み取り通訳でお悩みの皆さん、
ぜひ、こうした考えも、参考にされてください。
ありがとうございます。



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4月の東京。
街の緑が、輝く季節になりました。







posted by 南 瑠霞 at 00:00| 東京 ☔| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

手話に向かない服装?


「手話サークルで、
『手話を学ぶなら服装に気をつけなさい。』と言われました。
どうしたらいいですか?
手話をする人は、みんな、黒とか紺とか地味な服装や、
スーツなどの真面目な服装をしなければいけないのですか?」
と、お尋ねいただきました。

ですよね。
もしかしたら、一般の方の中にも、
手話をする人って、日ごろから、黒や紺の服を着ているのかな?
と思っている方もおられるかもしれません。

答えは!!!!
「そんなわけないじゃん!!!!!!!!!」
です。笑笑

ただ、手話サークルや、手話を使った話し合いなどでは、
手話が、読み取りづらいと目が疲れてしまうのも確か。

次にあげるのは、最近私がよく着るている私服ですが、
やはりこれでは、手話の会合には、向かないように思います。汗&笑

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私は、カラフルでにぎやかで、
色がごちゃごちゃとあふれかえっている、
赤もいっぱい入った服が好きです。
心が明るくなるので、日ごろは、
たいていこのような服を着ています。笑

でも、このような柄が胸元にあると、
手話をするとき、相手からは目がチカチカして、
見づらいことは、誰の目から見ても、よくわかりますよね。
ですから、私は、最も自分らしいと感じる、
私の好きな、毎日着ていたい服装は、
「手話の現場ではそんなに向いていない」ということになります。汗

ですから、私は、
手話での打ち合わせや、人前に立つ手話指導の時には、
同じ赤でも、一色使いのもの、
また、スカートをにぎやかにして、トップスはシンプルにするなど、
「手話の見えやすさ」に、やや気を使っています。

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また、もう一つ気づきにくいことですが、
袖口が、ふわっと広がって手首を覆い、指の動きが見えなくなる服も、
人に手話を読み取ってもらうには不向きな場合が。

袖口.png

今はやりのこの袖は、手話をするたび、ゆらゆらと揺れて気になり、
また、指先まで手が隠れてしまっていて、手話自体見えない場合があります。
こういう服装の場合は、袖をまくっており曲げてしまうなどしたほうが、
手話の際には良い。ということになるかもしれません。

ちなみに、南の場合、
こういう袖だと、打ち合わせなどに限らず、
ろうの友達と食事に行くときも、
手話をするたびに、コップや食器をひっかけて倒したりする可能性がある
(――ではなく!必ずひっくり返す。汗) ので、
基本、どんな時でも、身に着けません。笑笑

ああ、それから、男子にファンも多い迷彩柄も、
きちんとした手話の会議などには向いていないかもしれません。
以前、ろう者の主宰イベントの打ち合わせで、
若いろう者男子が、迷彩柄の服を着てきて、
いざ打合せが始まったら、手話がものすごく読み取りづらく、
ろうの先輩方に、こっぴどく怒られておりました。汗
こんなことってあるんだな〜と思い、私もとても参考になりました。

IMG_0084.jpg

手話の現場で、
あまりにもカラフルだったりごちゃごちゃした柄の服は、
音声でいうと、「雑音が多すぎる」のと
似たような状況になるということだと思います。

そんなわけで、南は、
『手話を学ぶなら服装に気をつけなさい。』の意味について、
『手話学習や打ち合わせの際は、
手話が、相手から読み取りやすい服を選んだほうが良い。』
と、解釈しますが、いかがでしょうか?笑

で、まあ南は、ろうの友達と出かけるときも、
当然、遊びの場合は、カラフルごちゃごちゃの服です!!笑笑
手話らしい服装かどうかということは、あまり気にしておりません。
「私らしさ」を出す時間には、大好きな私服!
これ、大切ですよね。

一方、手話通訳などの時は、「私が主役ではない」ので、
赤などは身に着けていきませんし、
黒や、茶色・グレーなどの真面目なスーツも準備しております。笑笑

TPOをわきまえて、服装を楽しむのが、
大人の手話ガールの身だしなみでしょうかね。

あなたも、こんなこと考えたりして、
手話をいろんな角度から楽しんでみてください。
アナタにも、素敵な手話との出会いを!!





posted by 南 瑠霞 at 09:45| 東京 ☔| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月27日

聞こえない人のいることが目立たないよう手話通訳者の位置を決める?


少し前のことですが、
舞台の講演会で、手話通訳を付ける位置について、
聞こえない方と、主催者側の考えにずれがあり、
混乱したことがあります。

私たちは、主催者から依頼があり、通訳現場に伺ったのですが、
その、通訳者の立つ位置が問題になりました。
主催者側は、
「聞こえない人が見えるのなら、それは少数だから、
その方たちがいらっしゃるのが目立つと、参加しづらいだろう」と考え、
事前に舞台につける手話通訳者の位置を、設定していたのです。

ここであなたなら、どう考えるでしょうか?


A.jpg
A 手話通訳者は、当然、講演者の横に立った方がよい。
そのほうが、講演者本人と手話通訳が近く、
講演者の表情も見ながら、通訳された内容と見比べることができて、
通訳の質が上がる。
聴こえない人が目立つ目立たないにかかわらず、
手話通訳者は、この位置にしたほうが良い!


B.jpg
B 舞台の上の真ん中に手話通訳者が立つと、
当然その通訳者がすべての人の目に入る。
聞こえない人がひっそり見るには目立ちすぎるので、
手話通訳者は、舞台の下の端に立ち、その前を手話通訳席として、
手話を見る必要のある人だけが、その席に座ったほうが良い。


実は、これ
「聞こえない人が目立たないよう、安心して手話通訳を見るため」の答えとしては、
どちらも、間違えています。

え?どういうことだろう?
そう思う方もいるかもしれません。

まず、先にBについてお話ししましょう。
一見、聞こえない人が目立たないようにするためには、
Bの方法が適切だと考える人が多いと思うのですが、
これは、ちょっと違っています。
今回、この通訳位置を主催者側が設置し、
そこに、来場した聞こえない方は、大激怒!!汗

「これじゃ、ここに聞こえない人がいますよ〜!
と、会場のすべての人に伝えているようなもんだ!!
しかも、内容がつまらなくなって、居眠りでもしようもんなら、
” あそこの通訳席にいる聞こえない人、
通訳があるのに、全然見てないじゃん。寝てるよ!” 
とか、言われかねない。
こんな、目立った席に座るなんて!!悲しい。」
ご本人が、即座にこう言いました。

そうなんです!!
この席の設置は、1000人規模の講演会であっても、
少数の聞こえない人が、逆にそこにいるとはっきりわかってしまいます。
つまり、ある意味「聞こえない人がいるのが目立つ」状況を生み出すのです。
その理由は、聞こえない方の発言で明らかなので、
それを受け止めていただくとして、
この通訳席の設置は、
聞こえない人にとって、決して心地の良い場合ばかりでないことが、
常々指摘されています。

すると?
通訳の立ち位置として、
今回適切なのは、Aということなのですが、
私は、先ほど、この答えも、間違いだ!と、言いました。
あれれ???
南さん何を言っているの???
とお思いでしょうか?笑

実は、Aの通訳の位置こそが、
聴こえない人を目立たなくさせる方法であり、
「聴こえない人が目立つ目立たないにかかわらず」と書いたことが、
ちょっと、答えとしてズレているのです。笑

舞台の講演者の横に手話通訳者がいることは、通訳の質を上げるために良い
ということについては、先ほど書いた通りですが、
では、なぜ、これで聞こえない人が目立たなくなるのでしょうか?

確かに、この位置に通訳者がいるということは、
会場に来た全ての人に手話通訳が目に入ることとなり、
『この講演会に聞こえない人が見に来る可能性があること』が伝わってしまいます。
しかし、これは「手話通訳者のいることが目立っている」だけです。
実は、これこそが「聞こえない人がどこにいるかわからなくする」方法でもあるのです。
舞台の講演者の横は、講演者本人同様、会場のどの位置からもよく見え、
聞こえない人が、たくさんの人の中の、どの席を選ぼうと情報を得ることができます。
これで、聞こえない人は、自分が聞こえないことを意識せず、好きな席に座り、
つまらなくなれば、一般の聞こえる方と同じように居眠りもでき(笑)、
かといって、見たいときには、ちゃんと情報もキャッチでき、自由な立場を得られます。
これが、聞こえない方の多くが望んでいる、
「自分たちも目立たず一般の人と一緒に、安心して情報を得られる状況」
と言える、良い例なのです。

舞台の講演者の横に手話通訳者が立つことは、
聞こえない人がどこにいるかが、ほかのお客さんたちからはわかりにくくなり、
その分聞こえない人の心を自由にし、
かつ欲しい情報を手に入れる権利も保障されたおすすめの方法です。

だからこそ、主催者は、
「聞こえない人が目立たないようにしたい」と考えるなら、
講演者の横に、手話通訳者を立たせた方がよい! というわけです。

舞台には、様々な演出があり、
何をどう見せるかの判断は場合・場面によって変わります。
ただ、聞こえない人と手話通訳について考えた場合、
こうした考えもあるということは、
多くの方に知っていただきたいと思います。

日ごろ、手話通訳活動をされている皆さん、
こうしたことは、私たちも積極的に、イベント主催者に伝えていきたいですね。
またさらに、ご自身の企業のバリアフリー活動をお考えのみなさん、
ぜひ、今後の参考にされてください。

いつも、長文読んでくださって、ありがとうございます!!



posted by 南 瑠霞 at 12:21| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

桜・梅・桃!!花の違いと手話をおさらい!


春です。
街にも、いろんな花が咲き始めました。
でも 毎年毎年!何度見ても
この素敵な花たちが、何の花か??
ごちゃごちゃになって わからなくなります。笑笑
さて、次の3つは、それぞれ何の花だかわかりますか?

@
image/2015-02-28T003A073A09-1.JPG

A
image/2015-02-28T003A063A19-1.JPG

B
桃.png

ああ、そうそう!!見たことある。
似てるけど、これなんの花だっけ??
・・・そんな風に思ったりしませんか?

これらは、それぞれ
春先にとてもよく見る 桜と梅と桃の花。
見分けがつきづらく、
見るたびに、
あれ? これなんだっけ?
梅か桃が咲いてるな〜。いや、桜だっけ?
なんて思って、そのあと、
ま、きれいだから なんの花でもいいや!
・・と、花の種類を考えるのをあきらめたりする!
今の季節の あるあるです。笑

私もいつも混乱するので、
あらためて確認してみました。
私の、ウマヘタ絵で 恐縮ですが・・・汗

花びら.jpg
花びらの先が割れているのが、桜。
まーるい形をしているのが、梅。
長くて、先がとんがり気味なのが、桃。
なのだそうです。

そして、
枝についている花の形状も違います。

枝.jpg
梅や桃は、枝にくっつくように花が咲いており、
枝から茎のようなもので少し長くぶら下がり、
その花が房のようにいくつもついているのが桜の仲間なんだそうです。

@は、私が撮影した「河津桜」ですが、
確かによく見てみると、花びらの先が割れていて、
枝から長く垂れ下がって、房になってついています。

Aは、正面からバッチリ形のわかる「梅」の花ですが、
花びらが丸くて、枝にピッタリついてる!!

Bは、「桃」で、なるほど花びらが長くてとんがっている!!

よーく落ち着いてみると、
花の形状が違って、
どれがどれだか、見分けがつくような感じがしてきました。

いよいよ3月になり、
明日は、桃の節句のお雛様。
ひな壇に飾られるピンクのかわいい花は、
花びらの先がとんがった「桃」!!
もし見かけたら、
あなたも、観察してみてください。

さて、それぞれの花の手話ですが・・・


@桜 
image/2015-02-28T003A073A09-1.JPG

桜手話.jpg
幾重にも合わさった花の様子が表現されています。
(C)手話あいらんど


A梅 
image/2015-02-28T003A063A19-1.JPG

梅の手話.png
親指と人差し指で梅干しのようなまるを作り、
口もとにあてた後、こめかみにあてる。
(昔、頭痛などの時、梅干をこめかみに貼った習慣が
あったことが語源だと言われています。)
(C)ゲームで学べる手話辞典(SBアプリ/手話あいらんど監修)


B桃 
桃.png

桃手話.jpg
両手で桃の実の形を作って、軽く揺らせて。
(C)手話あいらんど


あなたも、この時期にピッタリの花の手話を、
表現してみてください!!



posted by 南 瑠霞 at 08:15| 東京 ☀| 手話を学ぶ心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする