ボランティアでいいから、手話通訳お願いします・・???

ときどき、こんな依頼がある。
「 福祉のイベントを開きます。
会場には、ろうの方も見えます。
ボランティアでいいので、
手話の初心者程度の人に、ちょっと来てもらって、
舞台の手話通訳をお願いしたいのですが・・・ 」

「???・・・」

私は、そんなとき、いつも、
「 あの・・・すみません・・・・
その依頼、もし、
『 会場に、アメリカやイギリス人のお客さんも見える 』
という条件でも、やっぱり
『 ボランティアでいいので、
英語の初心者程度の人に、ちょっと来てもらって、
舞台の通訳をお願いしたい・・・ 』って、
おっしゃいます? 」
と、たずねます。

すると今度は、相手の方が、
「・・・・」

この場合、こういう依頼をする方は、
二つの誤解をしている。

① 手話は、初心者程度の人で日常会話さえできれば、
  簡単に通訳ができる。
② ボランティア = へたでも仕方ない
この2点だ。

どんな言語通訳も、
自分が日常会話を話せるということと、
通訳がきちんとできて
相手に的確な情報を伝えられるということは、別物だ。
英語なら無理だけど、
手話なら簡単にいくんじゃないか・・
そう、思ってしまっているところに、
まず、大きな誤解がある。
手話にも、文法や、通訳のルールがあり、
それは、きちんと勉強していないと、難しい。
初心者にいきなり舞台の通訳は無理というものだ。

さらに、
そういう、つたない通訳でも、ないよりましだから、
来てもらいたいのか?
それとも、聞えない人にも、ちゃんと
「楽しんで」もらいたいのか?
それについても、疑問が残る。
わざわざ福祉イベントに聞えない人を招待しておいて、
初心者程度の
「うまくないかもしれない通訳」を用意して、
それで、聞えない人に良いサービスが、
提供できると考えているのか?
そんな通訳で、聞えない人は、
楽しんでくれると思っているのか?
それとも、
「通訳を一応つけてあげたんだから、我慢してね。」
とでも、いうつもりなのか・・・???

そして、
「初心者でもいいからボランティアで」という言葉の裏には、
『ボランティアだからへたでも仕方ない』
という、理屈も見え隠れする。
でも、へたな人の通訳は、
たとえ、英語であろうと、手話であろうと、
それを受けた人は、話の内容が、理解できない!!
個人通訳で、身振り手振りで、一生懸命やればよい場合は、
もちろん何とかなるだろうし、
そういう人がいれば本当にありがたい。
でも、舞台という不特定多数に、一度に話の内容を、
ある程度のレベルで伝える通訳には「能力」が必要だ。
ここで通訳する通訳者は、
音声言語の外国語であっても、手話であっても、
「ある程度、きちんと内容を伝えることのできる人」
というのが、必要条件になる。
この場合、もしボランティアを探すなら、
「 イベントの予算がとても少ないのです。
主旨に賛同して、無料でも、舞台に立ってくださるという
技術のある通訳者の方を、お願いしたい。」
といわなければ、
聞えない人に対する情報保障にはならない。

その辺のところを、まじめに考えていかなければ、
結局、さびしい思い、つまらない思いをするのは、
聞えない人だ。

だから、こうした2つの誤解については、
私は、
「本当に主催者が会場に聞えない人を呼びたくて、
聞えない人と同じ空間を共有したいなら!!」

① 手話は、ある程度勉強した人でなければ、
  責任持てる内容を伝える通訳としては、起用しづらい。
② ボランティア = へたでも仕方ない という考えを捨て、
  うまい人にボランティアをしてもらう。
  という、発想の転換が必要である。

と、思う。
こういう依頼があったら、いつも、
ご理解いただけるまで、この内容について、
一生懸命、話すようにしている。

ちなみに、誤解のないよう書いておくが、
これが、友人通訳や、個人の対面通訳、
また、日常のお買い物の通訳などであれば、
初心者も、もちろん、一生懸命やれば、
波長の合う聞えない人になら、きちんと伝わるだろうし、
大歓迎されるであろうことは言うまでもない。
初心者だからって、自信を失ったり、
遠慮したりする必要はない。
手話も通訳も『伝えようとする心』が
大切であり、その思いは、必ず相手に伝わるはずだ。
みなさんも、安心して、
いろんな通訳にもチャレンジしてもらいたい。

ただ、舞台などの公の通訳は、
そうはいかない場合も多い。
そういったことも、
機会があれば、いろんな方とお話したいと思っている。

きんもくせい大.JPG きんもくせい小.JPG
街は、きんもくせいが満開で、
いいにおいです。

この記事へのコメント

えむ
2009年10月14日 13:30
こんにちは。
私が、思うのですが、依頼してきた方達も、自分達で手話を、少し勉強してみるといいのかもしれないですよね~。

南瑠霞本人
2009年10月14日 16:40
なるほど えむさん
そういう考え方も ありますね
ありがとうございます!!
ダイスケ
2009年10月14日 20:48
 るるかさん、お久しぶりです。
今日の記事、僕も手話を 17年 やっているのですごくお気持ちは分かります。

 僕も、日頃会社内で唯一の手話通訳者として(資格はありませんが 笑)手話を毎日使っていますが、僕以外の社員&上司は一向に手話を使わず、(通訳を)僕に任せようとしている!
 最近はそれが、疑問に感じ「僕に頼む前に自分である程度手話を勉強したら?」と思う。

 なので、ものすごく共感できるところもあります。
「 手話 もひとつの 「言語」 なのだから、もっと真剣に手話と向き合ってほしい、そして各々で勉強してほしい。」と僕はいつも思っています。生半可な気持ちで手話をするのは僕としても聞こえない相手にとっても「不愉快」になるだけだから・・・・。

 なんか、久しぶりのカキコですが語っちゃいましたね。お恥ずかしい。

 ではでは、またカキコしま~すヽ(^o^)丿
えむ
2009年10月14日 20:59
何事も、自分でかじってみること。
昨日、職場の上司に言われました。

興味があることに対して、何事も第一歩を踏み出すこと。

とても心強い言葉で、背中を押されました。
南 瑠霞本人
2009年10月14日 23:31
ダイスケさん、ありがとうございます。
実は、
手話を勉強しているある大学生が、
やはり、ダイスケさんのような立場になり、
どうしたらいいのか・・・・
と話してくれたのがきっかけで、
この日記を書きました。
ご意見を書いてくださって、
本当に、ありがとうございます。
南 瑠霞本人
2009年10月14日 23:33
えむさん、なるほど、
まず、自分も何かやってみる・・・
そうすれば、もしかしたら、
食わず嫌いも発見できるかもしれませんね。
ありがとうございます。
ラングレー
2009年10月15日 09:11
私と、お二人の意見は、少し違うのかもしれませんね。

①手話の勉強よりも、ろう者文化と言われるろう者の生活等を
 知って貰う方が大事(先)なのでは?と思うんです。

 よく講座だと、手話の勉強=手話の表現方法或いは技法の
 勉強となりがちで、ろう者は置いてきぼりなんです。
 手話表現を知らなくても、ろう者文化が判っていれば、
 「何が必要であるか」は判ると思うんですけど。

 「手話を学ばないと、ろう者文化が判らない」はずはないですし・・・

②依頼者の立場も考えないといけないかも。

 勉強しろって、簡単に言われますけど汗

とりあえず、反論??笑
次コメに、記事を最初に読んだ時の自分の意見を書きます。
ラングレー
2009年10月15日 09:24
(前説:あくまで依頼者に対する呼びかけでございます)

英語の例が出ました。
「英語なら無理」というのは、英語を学んだ経験を基にした事実(評価)ですよね。
(好きな人・得意な人は除く 笑)
英語は義務教育で、(一応)誰もが学ぶ。だから(難しいという)共感が有る。
では、手話はどう?・・・って考えると、学んでいない(評価をしていない)手話は、
簡単なのか?違うと思うんですけど。

余りピンと来ないかもしれませんが。
例えば、政府閣僚間での通訳。
あれ、凄く大事ですよね?
一国の代表ですから、通訳を通しての発言は凄く重いから。
では、それ以外での場面での通訳は大事ではないのか?
病院だと、命に関わります。
物を買う時も、間違えると損します。笑
会話だって、少し間違って伝わっただけでも、感情的になって、
大事な人と喧嘩になります。泣

今の例を英語だけでしか、コミが許されないとすると、ゾッと来ますよねぇ。/(-_-)ヽ コマッター
しかも、伝え上手でない人に伝えられたら、○○・・・(過激なので書けません笑)

手話に限らず、全ての通訳は『情報保障』ですから、TPOによっては、
飾りやヘタではダメなのです。
たかが、舞台では無いのです。

追記
最近、ろう者とのコミで凹みました・・・
南 瑠霞本人
2009年10月15日 09:49
ラングレーさん!!
貴重な、コメント、ありがとうございます。
なるほど、英語は、
ある程度一般的にどんなものか、認識があるけど、
手話では、共通認識がない。
だからよけいに、誤解が広がる・・・
う~ん・・・

国家間の通訳では、失敗すると、
世界を巻き込んだ紛争も生みかねません。
かつて、そういう紛争につながった通訳について、
NHKで特集しており、
ゾッとしたことがあります。笑&汗

手話について、通訳について、
いろんな方に知っていただけるよう
輪を広げたいですね。

本当に、ありがとうございます。
ラングレー
2009年10月15日 11:23
そうですね。
結論的には、「誤解の無いように」「知ってもらう」ことが
重要になるかと思います。
でも、英語のように、教育の中に入れる事は、まだまだ難しいと思うので、
現在行われている福祉教室や福祉イベントを足かがりに
啓発・啓蒙するしかないかなぁと思います。
(もちろん、メディアもTVも含めてです。)

追記
現在、木村晴美著の「ろう者の世界」で、お勉強中で~す。
また、今週末の土日に市の福祉展が有り、協力してきます。
(残念ながら、所属協会の関係で要約の方ですが・・・汗)
南 瑠霞本人
2009年10月15日 12:37
ラングレーさん
ありがとうございます。
なるほど、
「誤解のないように」「知ってもらう」
コツコツ、
みんなでやりましょう。
本の感想も、
また教えてくださいね。
ありがとうございます。
子守熊
2009年10月15日 18:23
タイトルを読んで‥私的にはあんまりいい気持ちではないんですよね。

ボランティアでいいから通訳?
ボランティアとは何なのか?
通訳とは何なのか?
もう一度考える必要がありそうですよね。

まだまだ時間かかりそうですが、息長く取り組んでいかなければいけない課題だろうと思う。

南 瑠霞本人
2009年10月15日 21:57
子守熊さん、
本当に、いつもありがとうございます。
ぜひ、
みんなで息長く考えていきたいですね。
ラングレー
2009年10月16日 08:02
本、完読しました。

メルマガ本なのですが、内容は良いですね。
多少、手話の細かい表現の話も有りますが、
手話を知らない人にも、ろう文化を垣間見る
ことが出来るかと思いますし、
手話学習者であっても、改めて、ろう文化を
見つめてみるには良い本かなと思います。

知っているようで、知らないろう文化を知るかも!

以前、木村さんのブログを拝見して、同じ内容を
見ているんですが、その時は難しく感じたため、
理解できませんでしたが、本で見ると理解できました。

なお、
ラブレターとナチュラルアプローチにも触れられていますが、
ちと辛口かしら笑
南 瑠霞本人
2009年10月16日 09:31
ラングレーさん、
ありがとうございます~~!
なるほど~~!!
子守熊
2009年10月19日 17:25
タイトルについてをあれからいろいろと考えました。

私は‥やっぱり、通訳はきちんとした通訳者でないと他の人と同じように情報保障してもらいたいと思うので、「手話はまだだから。」と言って中途半端、わからない通訳されるとこちらは一番困るし、迷惑です。
せっかく時間を作って参加している訳だから、ぎこちない手話通訳されると見苦しいし、不愉快になりますね。
手話でおしゃべりで話すことと話の内容を通訳して伝えることは全く別だと思います。
この辺りをごちゃまぜされては困ります。

うまく書けないけど‥。

南 瑠霞本人
2009年10月19日 18:38
子守熊さん、
本当に、ありがとうございます。
ろうの方の本音ですよね。
こうした問題も、
いろんな方に少しずつ、知っていただきたいです。
本当に、ありがとうございます。
トンサン
2015年03月18日 17:20
瑠霞さんの言っている事も、ダイスケさんの言っている事も、ラングレーさんの言っている事も、それぞれよくわかります。

僕は通訳なんかできるレベルではないのに、会社員だった頃、ろうの新入社員たちへ、入社式の社長の話を通訳しました。
社長はわかりやすく話してくれたので、ほとんど内容は通じたと思います。
自分もいい勉強になったと思いますが、でもその時思いました。
『中途半端に手話ができる僕がいるから、手話通訳を頼まないんだな。これはろう者にとっていいことだろうか?』と。