山下清

金曜、山下清展を、見に行って来た。
豊かな絵とともに、
一つ一つの作品の横には、
山下清の、コメントが、一枚ずつついていた。

絵と同様
暖かい文章だった。

例えば、
「小さなお城に住んでいた、小さな城主が、
後に大きなお城の城主になった。
立派な人だった。
お母さんはいたかな?
喜んだかな?
それとも、奥さんかな?」
城主の出世より、
お母さんや奥さんが喜んだかどうかに、
思いを寄せていた。

「京都には、何度も行った。
冬景色も見た。
夏の大文字焼も見た。
今度は春を書きたい。
柳の芽の揺れる風景は、春らしい。
これを描くのを
忘れないようにしないとな。」
もちろん、絵には、橋の上にかかる柳の垂れ下がる姿が、
描かれているが、
この絵がなくても、
柳の風景が目に浮かぶ。
春の桜ではなく、
春の柳。
彼が、本物の春を見ていなければ、
気付かない風景だ。

山下清の言葉は、
彼の描く絵と双子のようだ。
自分の見た街の記憶を、
絵と同じように、
情緒あふれる文で、
書き残している。

心のままの言葉は、
素朴で、
だれの目からも憎めず、
人を刺さず、
暖かく、
自分もこんな心でいたいと、
寄り添いたくなる。

そうだね。
お母さん、よろこんだかな?
そうだね。
春だね。

ねえ、夏は、どこへ行くの?
今年の夏はね、
日本は、
東日本大地震で、
街中が暑いんだ。
放射能がやってくるって、
みんなが、その数値でもめてるんだ。
あちこちの発電所で、
誰がうそを言ったかって、
ののしり合ってる。

あなたなら、どの街へ行って、
どんな絵を描き、
どんな言葉を、残すんだろうか。

山下清が亡くなって、
40年がたつ。

山下清.jpg

この記事へのコメント

サトゥー
2011年07月09日 08:40
見て無いけど、裸の放浪記を想い出す。

そして、千葉県の我孫子駅のホームには、昔山下清が働いていたという立ち食い屋があります。そこの唐揚げは大きくてすっごく美味い!! ぜひ一度食べてみて。
南 瑠霞本人
2011年07月09日 11:45
サトゥーさん、
そうですか。
山下清をご存知ですか。
ありがとうございます。
サトゥー
2011年07月11日 13:26
南サンならお分かりだと思うのですが、昔テレビにもなりましたよね。芦屋雁之助(あしやがんのすけ)が、山下清役をやっていました。ちなみに、見た事はありません。(なら、なぜ知ってる?)

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