「37歳で医者になった僕」~お医者さんと手話

「37歳で医者になった僕」の、ドラマの中で、
失声症のすずのほか、
恋人役の 研修医、紺野祐太、
その同僚 瑞希 たちが手話をしています。

「お医者さんは、みんな手話をするの?」
そんな、疑問を持った方も、
いらっしゃるかもしれません。

パンジー.jpg
(ロケ現場周辺で撮った、花の写真)

実は・・・・
お医者さんが、すべて、手話で話せる。
ということは、実際には、ありません。
・・・というよりも、
手話を特別に学んだ方以外、
基本的に、お医者さんが手話をペラペラ話せるケースは、
少ないのが実情です。

では、一般に、
日常を手話で生活している、耳の聴こえない人は、
病院で、どうやって、
コミュニケーションをとっているのでしょうか?

多くの方は、ドラマでもすずが取り入れているように、
筆談で先生に病状を伝えているようです。
又、先生のお話も聞こえないので、
先生にも、筆談で、今後の指示や薬の情報を
説明をしてもらうのが一般的。
また、重大な病気の場合、
事前に、区役所・市役所などに手続きして、
手話通訳者に来てもらうこともあります。

病院によっては、
手話のできる看護師さん、
公立の病院では、手話通訳者が待機している病院なども、
全国的には、いくつかあるようです。

以前は、お医者さんが忙しく、
筆談を、面倒がる・・・とか、
だからと言って、口を読もうとしても、
マスクをしていて、先生の口元が読めない(汗&笑)など、
聴こえない人には、不便なこともいろいろありましたが、
最近のお医者さんは、
患者さんとの壁を作らないため、
診察時、マスクをしていない先生もいらっしゃいます。
又、昔のような、
3時間待って3分診療・・・(笑)というようなところは、
徐々に減ってきていて、
落ち着いて、話ができる雰囲気も、
整ってきている病院が、増えているようですね。
お医者さんとのコミュニケーションが取りやすくなってきていることは、
耳の聴こえない人のみならず、
聴こえる私達にとっても、ちょっと、安心です。

さて、そんな中、
研修医の祐太は、すずが手話を学び始めた時、
一緒に、勉強を始めたであろう・・・・と思われるので、
すずの手話が読み取れたり、会話に少し手話が混じるのは、
やはり、特別な存在ならではの役柄ということになるかもしれません。

一方、瑞希は、
大学時代に、手話を学んだと思われ、
かつて、手話を少し話した経験があるようです。

私、南 瑠霞は、大学時代、ろう者の友人ができて、
手話サークルで、毎日手話で話しているうち、
たくさんのことを覚えて、通訳や舞台活動をするようになり、
現在、手話に関わるいろんなお仕事をさせていただいています。

現在でも、学生たちによる手話学習は、
各大学で行われており、
大学の手話サークルで学んだ多くの人たちが、
のちに手話通訳者になったり、
ろう者の舞台活動のお手伝いをしたり、
手話ニュースなどで活躍されたりしています。

もし、瑞希がそういった環境の中で、
学生時代に、医学部に通いながら、
自分の時間を使って、サークルで手話を学んでいたとしたら、
当時は、ある程度きちんと手話ができていたかも。
そんな人なら、たとえ、仕事に入り忙しくなって、
しばらく手話を使うことがなくなっていても、
再び、手話を使う人に出会えば、少しずつ思い出して、
コミュニケーションには、けっこう役立つかもしれません。

学生時代の、若いエネルギーは、
すごい力がありますよね。
サークルなどで、楽しく話しながら覚えた手話は、
子供時代の自転車のようなもので、
数年使わずにいても、何かのきっかけで、話す機会があれば、
パーっと思いだして、しばらくすると、
けっこう、通じ合えるようになったりする場合もあります。
瑞希も、もしかしたら、
すずに、そういうきっかけを与えられて、
又、手話を使うようになったのかもしれませんね。

そんなわけで、話は元に戻って、
医療関係者が、必ずしも、
皆さん、手話ができるわけではありませんし、
現在のところ、
手話を学ぶことは、お医者さんや看護師さんの、
資格の必修単位には、入っていません。

でも、手話を取り巻く環境は、今、
10年、20年前とは、
大きく変わりつつあります。
そのうち、実際にも、祐太や瑞希のように、
手話を取り入れて患者さんと接するお医者さんが、
少しずつ増えてこられると思います。

病院に限らず、日常の様々な場面で、
「こんにちは」「ありがとう」など、
ちょっとした一言でも、相手が手話で表現してくれると、
聴こえない方は、とても安心すると、
よく言っておられます。

病院などでは、
心細い思いをしている聴こえない患者さんにとって、
暖かな思いのこもったひとことの手話は、
ホッとできる気持ちのビタミン剤になるに違いありません。

祐太や瑞希の存在から、
医療と手話についても、
皆さんが、興味を持っていただいて、
嬉しく思っています。

「37歳で医者になった僕」
来週も、どうぞお楽しみに!!

南 瑠霞

若林踏切.jpg
( 手話あいらんどの事務所は、
東京の大型幹線道路「環七」と、
チンチン電車「世田谷線」の交差する
めずらしい信号機つき踏切の目の前にあります。)

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