円光寺

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串本町田並 実家の谷のお寺「円光寺」は、
地域のみんなのお寺です。
江戸時代からあって、
私たちの先祖代々の墓を守ってくれています。
禅宗・妙心寺派のお寺です。

うちの谷には、
谷の人たちだけに伝わる
般若心経の歌があり、
それを、代々受け継いでいる家系の方もいらっしゃいます。
一般によく聞く般若心経に、独特の節回しがついていて、
歌のようになっています。
これがいつから始まったのか、
またお寺と関係があるのかはわかりませんが、
各家庭でどなたかが亡くなり、お通夜になると、
この方たちが、家に来てくださって、
般若心経を歌ってくださいます。
うちも、父が亡くなった時に、
歌っていただきました。

さて、そんな不思議な谷ですが、
お寺も、ここまで、後継者問題で苦労してきました。

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このお寺には、鐘つき堂があり、
鐘がつるされています。

俊巌和尚.jpg

ここに記されているのは、昭和26年、
この鐘が奉納された当時、ご健在だった、
俊巌(しゅんがん)和尚様のお名前です。
仁徳のある方で、
谷のいろんな農民・漁民の話を親身になって聞いてくださる、
優しい方だったそうです。

その後、この方には、お子さんもいたのですが、
跡を継がず、学校の先生になられたりして、
お寺を守ってくれる人が長い間、いませんでした。
ある時は、本山のとてもエライ修行僧の方が見え、
あまりに厳しくて、
住民と折り合いがつかなかったり(汗&笑)、
また、寺が、無人になった時期もあります。
そういう時は、別のお寺の住職さんが、
掛け持ちで、うちの寺の面倒を見てくれたり、
いろんなことがありました。

そんなある日、とても若い、目のぱっちりした、
かわいい和尚さんが、
ちゃんと、円光寺に住んで、
お寺を守ってくださることになりました。
法名を「俊亮(しゅんりょう)」さんとおっしゃいます。
法事なども、最初は、年配の僧侶の方と、
いつもご一緒されていましたが、
だんだん経験を積んで、
今回、私が帰省した時には、
きちんと一人で、たくさんの法要をしてくださっていました。

年齢をお聞きしたら、まだ30代。
私と初めて会ったころは、たぶん20代だったのだと思います。
そして、よく聞くと、なんと!!
この方は、昭和26年ごろの、俊巌和尚の、
ひ孫さんだというではないですか!!
ご両親も全く別の仕事をしているのに、
自分が勉強して、後を継ぐことを決め、
わざわざ、このさびれた寺に、
一人で来てくださったのだそうです。
小さな谷の小さな寺には、
感謝してもし足りない、貴重な和尚様です。

俊亮さんは、まだ、独身だということですので、
もしよかったら、
どなたか、うちの谷に来て、
ぜひ、和尚様のお嫁さんになってください。
例えば、Iターンとか、田舎の花嫁とか、
そんなことに興味のある方、
ちょっと、遊びに来てくださるだけでもいいので、
30代くらいの女性の方で、
人生をちょっと真面目に考え直したいな…
なんて、思っておられる方がいたら、
ぜひ、南まで、ご連絡くださいね。笑

俊亮さんは、まじめで、優しい方です。
お寺のお坊様ですから、
くいっぱぐれもありません。笑
お寺の庭の草むしりも一人でされて、
広い敷地は、ごみ一つ落ちていません。
俊亮さんが来てから、お寺もきれいになりました。
ちょっと口下手ですが、良い方です。

彼が、この谷に来て、
若い人だし、いずれいなくなるだろうと思ったら、
本当に、コツコツ、1日1日、
谷のみんなのために、お経を読んで、
10年以上がたちました。
日々、田並の谷で、過ごしてくれている姿を見て、
ちょっと感動しています。

本州最南端の、小さな町の、
小さなお寺の話ですが、
どうぞ、皆さんお見知りおきを。

太平洋の波の音が聞こえる、
古きお寺の、境内にて。

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