ユーカリが風に揺れる時

3月、オーストラリアにおり立って
車で走り始めた時、
広大な大地のあちこちに群生するユーカリの木が、
私は、嫌いだった。

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まず、気の形が、かっこよくない。
なんか、全体が、モサーっとして、
枝も柳のように、だらしなく垂れ下がり、
それが、この地のあちこちに、所かまわずある。
そして、さらに、葉っぱの色がよくない。
なんか、はっきりせず、ぼんやりした緑色で、
色鮮やかじゃないところが、
すごくみずみずしくなく見えて、ダサい。
はっきり言って、このユーカリは、
オーストラリアの景観を損ねているような気さえした。

それが、今回、タツーラに来て、
博物館の、セーラと、ケイに連れられて、
抑留者が生活していたキャンプ4を見ているうち、
ちょっと気分が変わってきた。

相変わらず、だらしない感じのユーカリは、
キャンプ4に続く道にも、
後ろを見ても、前を見ても、うっそうと生えている。
なんかな~と、思っていた時、
かつてのキャンプの住居跡から、建物ごと持ってきたという、
メモリアルホールに車が止まった。
「この建物はね。。。」とケイが丁寧に説明をしてくれた後、
やっぱり、そこにも生えていたユーカリが、どうにも気になって、
彼女らに尋ねてみた。
「ねえ、この木、ユーカリっていうんでしょ。
いろんなところに生えてるね。」
すると、何やら、セーラが話したが、
私には、複雑な英語はわからない。
けげんそうな顔をする私を見て、
セーラが、一本のユーカリの木の下まで、私を連れて行った。
そしておもむろに、葉っぱをちぎって、
私にも同じようにしろというではないか。
彼女のまねをして、1枚の長い葉っぱを、
半分にちぎったら…
なんと、とてもいい匂いがした。
あれ? この木、思っているのとはちょっと違うかも。
私はその時初めて、ユーカリに興味を持った。

セーラは、続いて、少し形の違う木の、
別の葉っぱのところへ私を連れて行き、
同じように、においを確かめるように、促した。
また、セーラのまねをして葉っぱをちぎると、
今度は、さっきよりもはっきりした、ちょっと違ったにおいがしてきた。
すごくいい匂いで、胸がスーッとする。

「ユーカリは、種類によって、においが違うの。
ほら、あっちの木もたぶん違うにおいだよ。葉っぱの形が違うでしょ?
ユーカリは、すごくいろんな種類があるから、においも、いろいろあるよ。」

へえ~!!
私は、ちょっと驚いて、うれしくなって、
ほかにも何種類かのユーカリの葉っぱのにおいを確かめた。
確かに、それぞれ、違うにおいがした。

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「さあ、次に行くわよ。」
と、呼ばれて振り向いて、
そして、私たちは、キャンプ4に向かった。

長い砂利道を、車でゆっくりと進み、
少し開けた一角で、
彼女たちは、「ここがキャンプ4よ」と言って、車を降りた。
そこには、セメントづくりの住居跡が、いくつも並んでいた。

そして、そこにも、あたり一帯、
どこを向いても、ユーカリの背の高い木が、
あちこちに立っていた。

今度は、私が先に行って、
その葉っぱのにおいを確かめた。
いい匂いのするものも、
案外なんともない木も、いろいろあった。

その間にも、ベテランのケイの説明は続く、
ここが、トイレ跡、
ここに診療所があったはず、
ここは、道がしきられているわね。
向こうが、日本人が多くいたエリアよ。
などなど・・・・

キャンプ跡地は、面白く、
かつて、居住者が、自分たちで、石を並べて、
花壇を作ったらしい跡なども、見受けられた。

そして・・・
私は思った。
ここに住み、ここで暮らし、ここで毎日空を見ていた
抑留者のそばには、
いつも、このユーカリがあったのだと。
どんなときにも、このユーカリが、人々を見下ろし、
人々は、このユーカリを見あげて。
また、ときには、子供たちは、きっとにおいを確かめて、
このユーカリの木で遊んだに違いない。

そう思ったら、なんだかとても、
ユーカリがいとおしくなってきた。
父と母が、かつてこのキャンプで結婚した時も、
このユーカリの木が風に揺れて、
その先に、決して出てはならない鉄条網があり、
そのもっとむこうに、どこまでも続く大地と空が広がっていたのだと。

ユーカリは、雨の季節には、
そばを通っただけで、いい匂いが、あたり一面に漂うという。
その、ユーカリの香りに守られて、
人々は、暮らしていたに違いない。

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ふと見ると、
大きなユーカリの老木は、
幹を枯らし、枝を折り、
だんだんと弱っていけば、やがて倒れていく姿をさらしていた。
そして、その隣には、
まだ若く背の低い木が、たくさん立ち並んでいた。
中には、それより先に背を伸ばし始めたらしい、
中堅どころの木もある。

私たち、人間が世代交代し、
命を引き継いでいるのと同じように、
ユーカリもまた、この地で、
老木は、朽ち、
次に生えた、若い木たちが、今度は自分たちの番だというように、
空に向かって手を広げて、立っていた。

70年前、まだ若き両親が見た、そして手に触れたユーカリは、
今は、きっとこの老木になり、大地に帰ろうとしている。
あの頃の昔を懐かしみながら。

戦争を知らない若い木は、
生意気そうに、背を伸ばして、
大昔からここにいた気になって、仲間たちと群生している。
時は、この大地で、ユーカリの木と共に流れていた。

こうして風景を見れば、
どうやら私は、たぶん、あの、少し背の高い中堅の木かもしれない。
老木の話を、はいはいと聞きながら、
元気のいい若い木を、ちょっとうらやましく思う。
老木も、若い木も、ここに命があると、確かに見届けながら。

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キャンプ4。
そこに、父がいて、母がいて、
このユーカリがあって、風が吹いた。
ユーカリの木は、
父と母であるような気がして、
しばらく、その場を離れがたかった。

夜、ホテルで一人で書き物をしていたら、
外に車がやってきて、
誰かが、コンコン と、ノックした。
警戒をしながら、はい・・・!
といったら、若い女性の声が英語で何かを話し始めた。
セーラだった。
ドアを開けると、セーラは、手に小さなびんを持っていた。
私にそれを見せながら、
「これは、ユーカリのオイルよ。スーパーで売っているの。
あなたが、昼間、ユーカリをとても気に入っていたみたいだから、
持ってきたわ。
うちには、こんなに大きなボトルがあるのよ。
これは、ちょっと小さいけど、
いい匂いがするから、ぜひ持っていってね。ほら。」
と言って、においをかがせてくれた。
その瓶からは、
オーストラリアの太地のにおいがした。
暖かい、セーラとケイが教えてくれたにおいでもある。

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私にとって、ユーカリは、
オーストラリアの風である。
空を見上げると、その手前に必ずある高い木が、
揺れながら、その日の天気を教えてくれる気がする。
あとしばらく、この大地で、
ユーカリを見ながら、暮らしてみようと思う。


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タツーラの歴史を伝える ミュージアムの活動を続けている セーラとケイ。
キャンプ4へは、セーラの娘さんのシドニーも一緒に行ってくれました。感謝。
( 背景は、ユーカリの雑木林が広がる、キャンプ4。)