手話から見た地域の違い!!ワォ!
手話には、地域性があります。
アメリカにはアメリカ、
中国には中国、
オーストラリアにはオーストラリア、
日本には日本の、
独自の手話があり、
国によって違います。
同じ日本国内でも、地域により、
方言があります。
手話を使って生活している人なら、
相手の手話を見れば、
「あ、北海道から来た人だ」とか、
「これは、大阪の手話だ!」
なんて、相手の出身地もわかり、
なかなか楽しい!!
その中で、私がとても印象に残っているのは、
「試験」「テスト」という手話です。
この言葉は、例えば、学校の「試験」、
運転免許の「試験」など、
ごく普通の、「試験」「テスト」という意味で使われている、
手話単語です。
私は、手話生活の最初の4年間を、大阪で過ごしています。
その時 覚えた「試験」という手話がこれ。
両手を握って、手首あたりで合わせ、
キュッキュッと、ひねるように動かします。
(C)手話あいらんど/高橋愛
この動きには、顕微鏡の視点を合わせるため、レンズを回す。
とか、工夫するために、いろんな角度に物を合わせてみる。
といった意味が込められています。
そもそもこの手話は、
「研究する」「試す」「工夫する」と言った意味も持っています。
大阪では、この手話を、「試験」の意味合いで使っており、
「学んだ内容を確認する」
「きちんとできているか試す」といったニュアンスを含んでいます。
ここまで学んだ内容を、学校の中間の時期に試すので、
「中間試験」
大学に入る際、高校卒業までに身につけた勉強が、
合格点に達しているか、「試す」のが、『試験』。
こんな感じの発想ですね。
一方、東京に来たとき、私は、手話の違いに驚きました。
東京、関東一円で、「試験」といえば、一般的にこの手話です。
両手の親指を立てて、交互に上下させるように動かします。
(C)手話あいらんど/花井盛彦
私は、この手話を見た時、
「わ~、やっぱり東京って、怖いな。」と思いました。汗&笑
二つの親指は、人の姿を意味していて、
これは、人が、
上下に しのぎを削っていることを意味する表現だからです。汗
人口の多い東京の人にとって、
試験は、1点違えば、順位が100番も1000番も違う、
競争の重大な局面なのだということが、
この手話を見たとたんに、ズバリと伝わってきました。大汗
大阪など関西の「試験」は、
「学力を試す」「研究する」という意味合いが強く、
東京など関東では、「試験」は、
ズバリ「競争」であり、人が上下に競うことを象徴しています。
この違いは、手話ばかりでなく、
まさに、地域の人々が、
「試験」をどういったイメージでとらえているかであり、
その地域の文化がそのまま反映されて、
手話の単語になっているように思われました。
あなたにとって、「試験」とは、どんなイメージでしょうかね~? 笑
手話は、このように、
その地域の文化や、ものに対するイメージが、
手の動きに反映されているものが、たくさんあります。
だからこそ、手話は地域によって違い、国によって違い、
その国の思いそのものがこもった、
まさに生きた言語。
人によっては、
「手話が国によって違うなんてもったいない。」
「なせ、世界統一じゃないの?」という人もいますが、
それは、全く逆で、
日本語などの音声言語と同じように、
手話も、その地域で生まれ、その地で代々受け継がれている、
まさに生きた言葉。
そこに味わいがあり、生活があり、
そこに暮らす人々の思いが、あふれた言語なのです。
そう思って、自分の周りの手話を見てみれば、
それは、一層 愛着の持てる言葉になるような気がします。
アメリカにはアメリカ、
中国には中国、
オーストラリアにはオーストラリア、
日本には日本の、
独自の手話があり、
国によって違います。
同じ日本国内でも、地域により、
方言があります。
手話を使って生活している人なら、
相手の手話を見れば、
「あ、北海道から来た人だ」とか、
「これは、大阪の手話だ!」
なんて、相手の出身地もわかり、
なかなか楽しい!!
その中で、私がとても印象に残っているのは、
「試験」「テスト」という手話です。
この言葉は、例えば、学校の「試験」、
運転免許の「試験」など、
ごく普通の、「試験」「テスト」という意味で使われている、
手話単語です。
私は、手話生活の最初の4年間を、大阪で過ごしています。
その時 覚えた「試験」という手話がこれ。
両手を握って、手首あたりで合わせ、
キュッキュッと、ひねるように動かします。
(C)手話あいらんど/高橋愛
この動きには、顕微鏡の視点を合わせるため、レンズを回す。
とか、工夫するために、いろんな角度に物を合わせてみる。
といった意味が込められています。
そもそもこの手話は、
「研究する」「試す」「工夫する」と言った意味も持っています。
大阪では、この手話を、「試験」の意味合いで使っており、
「学んだ内容を確認する」
「きちんとできているか試す」といったニュアンスを含んでいます。
ここまで学んだ内容を、学校の中間の時期に試すので、
「中間試験」
大学に入る際、高校卒業までに身につけた勉強が、
合格点に達しているか、「試す」のが、『試験』。
こんな感じの発想ですね。
一方、東京に来たとき、私は、手話の違いに驚きました。
東京、関東一円で、「試験」といえば、一般的にこの手話です。
両手の親指を立てて、交互に上下させるように動かします。
(C)手話あいらんど/花井盛彦
私は、この手話を見た時、
「わ~、やっぱり東京って、怖いな。」と思いました。汗&笑
二つの親指は、人の姿を意味していて、
これは、人が、
上下に しのぎを削っていることを意味する表現だからです。汗
人口の多い東京の人にとって、
試験は、1点違えば、順位が100番も1000番も違う、
競争の重大な局面なのだということが、
この手話を見たとたんに、ズバリと伝わってきました。大汗
大阪など関西の「試験」は、
「学力を試す」「研究する」という意味合いが強く、
東京など関東では、「試験」は、
ズバリ「競争」であり、人が上下に競うことを象徴しています。
この違いは、手話ばかりでなく、
まさに、地域の人々が、
「試験」をどういったイメージでとらえているかであり、
その地域の文化がそのまま反映されて、
手話の単語になっているように思われました。
あなたにとって、「試験」とは、どんなイメージでしょうかね~? 笑
手話は、このように、
その地域の文化や、ものに対するイメージが、
手の動きに反映されているものが、たくさんあります。
だからこそ、手話は地域によって違い、国によって違い、
その国の思いそのものがこもった、
まさに生きた言語。
人によっては、
「手話が国によって違うなんてもったいない。」
「なせ、世界統一じゃないの?」という人もいますが、
それは、全く逆で、
日本語などの音声言語と同じように、
手話も、その地域で生まれ、その地で代々受け継がれている、
まさに生きた言葉。
そこに味わいがあり、生活があり、
そこに暮らす人々の思いが、あふれた言語なのです。
そう思って、自分の周りの手話を見てみれば、
それは、一層 愛着の持てる言葉になるような気がします。
この記事へのコメント
家を離れていたため、今となりました。
「出身地鑑定!! 方言チャートたぶん完成版」の
手話版が有ると面白いかも笑
関東も、けっこう手話が違いますよね。
また、いろいろ教えてください。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
手話サークルに通っていないことや、
地元のろう者と話す機会が全く無い事から、
現時点での表現で何が違うのかっていうのは、
よく判らないのです。汗
東京や神戸、北名古屋市の手話ベリ会に行った時に、
手話が違うって指摘されて、
初めて認識している有様でして・・・汗
ということなので、
手話サロンや手話バーで通じない事も、まま有り泣
また、このブログなどで覚えてしまう表現も有って、
地元で通じない事も・・・汗泣
ぜひ、地元の手話も大事にして、
いろんなお仲間を増やしてくださいね。
本当に、いつもいろんなところに参加され、
積極的な行動、頭が下がります。
今後ともよろしくお願いします。
ありがとうございます。
積極的どころか、消極的ですよ。
地元を顧みないで、
住んで居る市どころか、
県の外に行っちゃってますから笑
サロンで、同じグループだった男性から、
FACEBOOKの手話表現をされた時、
こちらでのFACEBOOKの表現と違いましたな・・・
「Facebook」と言う手話は、
本当に、いろいろあります。
海外で通じるものもあったし、
本当に様々ですね。
できれば、周りで一緒に使っている方と、
通じやすい手話を選ぶのがいいかもしれません。
感謝。