被災地でのろう者

先日、大学時代からのろう運動の先輩に会ってきました。
彼自身ろう者で、
長年、関東のろう運動に従事する、ベテランです。
その彼に、今回の九州の地震などにもかかわる、
被災地での、ろう者の悩みについて、聞きました。

これまでの、さまざまな災害経験から、
聴こえない人が、避難所などで、困るのは、
「細やかな情報が手に入りにくい」
「食料、トイレ、お風呂、物資などが、
いつ、どこで手に入るのか 後になって人から知らされる」
「テレビやラジオからの情報が入手しにくい」
などだと、よく言われてます。

しかし、先輩の話では、
もちろんそうした情報の遅れ、漏れなどは、
多くの聴覚障害者が困ってはいるが、
さらに注意すべきは、
「話し相手がいない!!」
ということなのだそうです。

避難所などでは、それぞれ地域ごとに、
住民が近くの避難所に入って共同生活をするケースも多く、
そうなると、食料などの情報は、
誰かが、簡単に口話で教えてくれたり、
メモ帳があれば、書いてくれたりすることもあります。
しかし、ろう者の被災者は、
そこに、手話を使う人がいない場合、
常に、話し相手がおらず、1日中黙って、
周りを見て、周りに従って行動することも多くなるというのです。

一方、実は、私たち聴こえる人は、
隣り合わせた人と、ごく自然に、
「今日は、雨ですね。」とか、
「おケガ、大丈夫ですか?」とか、
「もうちょっと、暖かいもの、食べたいですよね。」
「うちは、ほぼ全壊ですね。」
「こんなに、毎日揺れていたら、生きた心地もしませんよ。」などなど、
いわゆる、絶対に知らなければいけない情報以外の、
『さりげない、自分の毎日の気持ちやグチや状況』を、
たくさん話しています。

そんな中、聴こえない人の場合、1日中黙りこくって、
誰とも言葉をやり取りしないケースも出てくるのだそうです。

そうした現場に、ろう者のサポーターや、手話通訳者が入ると、
最初に求められるのは、通訳や、何らかの情報請求以外、
多くの場合、「話し相手になってほしい!!」というものなのだそうです。
年配のろう者などでは、場合によって、
そうした手話のわかる援助者が来ると、まさに、涙を流して喜び、
あふれるように手話で話し始める方もいるとのこと。

私たちは、何かと便利さや、物資の充実など、そうしたことに目が行きがちですが、
被災地では、こうした「心のケア」もまた、
重大な問題なのだと実感させられます。
一般の聴こえる私たちでさえ、
さびしい、怖い、つらいとさまざまな感情が渦巻く中、
聴こえない人もまた、一人きりで、
その思いを、誰にも話せず返事をもらえず、
苦しんでいる状況があることを、
私たちは、手話関係者の一人として、知っておかなければならないと、
感じます。

私は、関東各地の大学などで、手話の授業を担当することがあります。
災害についても、学生たちと話し合うことがあります。
「もし、震災などで倒れた家に、閉じ込められたら、
聴こえない人はどうしたらいいと思う?」
そう問いかけると、
「ガンガンと、棒で壁をたたき続けて、自分がいることを知らせる。」
「なにかあった時のために、笛を持っているといいかも。」
「救助する人も、外から壁をたたくとか、
ライトで隙間から中を照らしてみるとか・・」
など、様々なアイディアを、みんなも考えます。
ところが、同じ質問を、とあるろう者の友人にしたところ、
全く違った返事が返ってきました。
彼は、「日頃、近所の人たちの仲良くしておくこと!!」
と、答えたのです。

へえ!どういう意味?と尋ねたときの、彼の返事はこうでした。

「実際に、家が倒れて閉じ込められたとしたら、
救助隊は、普通『誰かいますかー?』とか、
声で呼びかけるんでしょ?
僕たちは、それが聴こえないんだから、
「この家には、確か、聴こえない人が住んでいます。
中にいるとしたら、音声でのやり取りは難しいです。」
と、近所の人に伝えてもらわなければいけない!!
だから、僕が、ここに住んで生活しているということを、
周りの人に知ってもらっておくことが大切なんだ。
引っ越し先では、ちょっとしたお菓子でいいから持って行って、
隣近所に、『きこえませんが、お世話になります。よろしく。』
と、あいさつに行くとか、
毎朝、ごみ出しなどで会ったら、簡単な手話と声で、
ちゃんとにっこり笑って『おはようございます!』とあいさつするとか!
たとえ、手話を覚えてくれなくても、
筆談なんてしたことがなくても、
近所の人たちと、友好的に付き合っていれば、
必ずみんなは、僕たち家族のことを覚えてくれる。
そうすれば、何かの時、必ず誰かが、
僕たちが聴こえないことに気付いてくれる。
そうやって、
僕たちが、隣に住んでいると、周りの人に知ってもらうことが、
最大の防災だと僕は思っている。」

聴こえる私たちが、想像しても、思いも及ばないことを、
手話との出会いによって、
ろうの人から、たくさん学ばせていただいていると、
時がたてばたつほど、実感しつつ、
過ごしている今日この頃です。

熊本・九州地区の被災者のみなさんの、
1日も早い復興と、
避難生活の中での、健康・安全をお祈りします。


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「九州」という手話は、
数字の「9」+「州」と表現する人も多いですね。
「州」は、4本指で表現する人も5本指の人もいます。

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このほか、「九州」の形を手で示して、
軽く下に降るように表現する人も。

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「熊本」という手話は、かつての熊本城主 加藤清正の
「胴着」の形を表しているのだそうです。
両手人差し指と親指で、ポンポンと2度くらいおなかにあてるように表現。