手話あいらんどTVクロスカルチャー!!「南 瑠霞サインbirthday会場から」


5月20日は、多くの皆さんにお集まりいただき、
共に節目の手話ライブを共有してくださって、
本当にありがとうございました!!

ライブ中に公開撮影した 
手話あいらんどTVクロスカルチャー!!が
アップされました。
南が手話に出会ったきっかけ、
きいろぐみ立ち上げの理由などをお話しています。
動画には、もしかしたら、あなたも写っているかも?
ぜひ、楽しくご覧ください。
本当にありがとうございます!!



(簡単な内容)
手話あいらんどTVクロスカルチャー!!
今日は、南 瑠霞サインbirthdayの手話ライブ会場からお届けしています。

ことぷきです。ろう者です。
南 瑠霞です。聴こえます。
よろしくお願いします。

ことぷきからの質問です。
そして、誕生日おめでとうございます!!

手話のライブのタイトルは、
「南 瑠霞サインbirthdayを一緒に楽しもう。
小夏・甘夏・常夏 ふふ!」
これについて、ちょっと内容を説明してください。

南の本当の誕生日は、5月17日!!
来年もよろしくお願いします!!
(会場からの笑い声)

そして、サインbirthdayという言葉の意味を説明します。
南が、生まれて初めて、手話に出会ったのも、
実は、〇〇年前の5月でした。
大学に入り、1年生となり、ゴールデンウィークも過ぎたころ、
学生たちが、大きなホールに集まって、
「サークル紹介」がありました。
いろんなサークルの紹介がある中に、手話サークルもありました。
そこに、聞こえない学生がたくさんいました。

大学の中にそんなにたくさん聞こえない人がいる大学なんて、
どこにあるんだろうと思うでしょ?
私も、大学に入った後、初めて気づきました。
入学したのは、芸術系の大学で、
私は、人前に立って話すなどの勉強をしたので、
耳が必要な学科でした。
でも、陶芸や、彫刻、デザインなどの学科は、
目が重要で、特に耳が聞こえるかどうかは問われませんでした。
そこに、聞こえない学生がたくさんいたんです。
そこで会って、
その人のところに走って行って、
そこからは、毎日その人に追っかけまわして、
自分の授業以外は、その人と手話で話していました。

1年目は、その男性の先輩に親切にしてもらい、
楽しく手話を覚えました。
2年目に、ろうの聞こえない女子と友達になりました。
彼女はとても気が強く、
私は彼女と毎日のようにケンカをしていました。
負けると悔しいので、
一晩中考え、原稿を書いて練習し、
夢の中でも練習し(笑)、朝起きたら、
彼女のところに、ケンカをしに出掛けていました。笑笑
そんな毎日を過ごしていたら、
手話がめちゃめちゃうまくなりました。
(客席から笑い声)

そんな、手話との初めての出会いが、5月だったので、
今年から、「サインbirthday」という考え方にしました。

私、すごくしゃべってますね。笑

「小夏」というところに私の年齢が隠れていて、
あとから「粉(こな)」のプレゼントも準備していますので、
皆さん、よろしくお願いします。

南さんが、きいろぐみを主宰して、
来年30年ですね。

きいろぐみは、1989年に立ち上げました。
聞こえる人二人がキャストで、
聞こえない人が証明をやってくれて、3人でスタート。
今、役者が20人。
スタッフが10人。
中の半数が聞こえないメンバーです。

きいろぐみ立ち上げのきっかけは?

その前に、ことぷき、
30年前は、いくつ?

ことぷきの30年前というと、小学生かな。

20年30年前というと、手話を知っている人、
ましてや手話パフォーマンスという考え方を知っている人は、
とても少なかった。
そんな時、私は、手話通訳をしていて、思ったこともいろいろありました。

一つ目に、私は、手話がとても映像的で魅力的だと思った。
ステージで演じれば、聞こえる人にとっても、
素晴らしいアートになると感じたのが、
活動を始めた大きな理由のひとつです。

2つ目と、3つ目は、手話通訳に関係ある理由です。
ある日ロック歌手の手話通訳をしたら、
お客さんが、みんな手話通訳者を見て、
俺のステージなのに邪魔!と言われたことがあります。
この時、私は、手話を付けることで、
舞台は演出が変わり、
演者が戸惑うこともあると知りました。

3つ目に、
私がある女性講談師の方の手話通訳をした時のこと。
講談師の方は、見事な民話の語りを終え、
私も息の合ったいい通訳ができました。
そのあと、控室に、ろうの女性の方が来て、
「とても感動した、手話を通じて、
このような素晴らしい語りを見ることができ、
本当に、良かった。」
と言ってくれました。
私も、それで有頂天になって、
手話通訳をしてすごくよかったと思いました。
ところが、その方は、次に、
「でもね、今思い返すと、私が覚えているのは、
通訳のあなたの顔で、
本当にお話した、女性講談師の顔じゃない。」
と言ったのです。

こうしたことから、演じる人と手話をする人が同じ人なら、
みんなが同じステージを見て、
同じように楽しめると思ったのも、
きいろぐみの活動に結び付いた大きな理由です。

30年前というと、
手話の歌やパフォーマンス右派、まだまだ少なかった時代。
知らない人も多かったとお思うけど、
きいろぐみを見て、そうした活動を始める若者も増えてきた。
今は、手話のダンスとか、手話のお芝居とかも、
若い人たちの間に広がってる。
これから、手話言語条例も広がる中で、
手話で様々な表現活動をしていくことは、
本当に良いなと思います。

お客さんも、そして、きいろぐみのみんなも一緒に、
やっていければいいですね。
これからも応援よろしくお願いします。

また、お会いしましょう。
さようなら~~~~~~~~~~~~!!

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提供 : 手話あいらんど手話教室
http://www.shuwa-island.jp/kyoshitsu/
出演 : 南 瑠霞 ・ ことぷき
構成 : 南 瑠霞
撮影・編集 : 蓮子 都 ・ りさ