日本でオーストラリア体験!!ルーツとアイデンティティをたどる
自分が何者か・・と、よく自分に問いかける。
確かに日本人ではあるが、実は日本人でもない。
じゃあ、英語か何か自由に話せる言葉が他にあるのかと言えば、日本語のネイティブでしかない。
ああ、私って、少し在日外国人のような、そんな感じなのかな・・・などとも思う。
和歌山県にルーツを持つ私の親族は、多くの県民同様移民により祖国を離れ、母方の多くがオーストラリアに暮らしている。今やアボリジニベースの人も、アジアベースの人も、ヨーロピアンベースの人もいて、肌の色も顔形もみな違い、そして、そのみんなが日系人だ。
祖父の墓は、カウラという、かつて第2次対戦中、日本兵が脱走事件を起こしたことでも知られる捕虜収容所の隣の、日本人墓地にある。
私は誰かと問われれば、そのアイデンティティは揺らぎ、古き良き日本を受け継ぐ生粋の日本人でないこともまた、自分を心もとなくさせることがある。
両親は、第二次対戦中、敵国人として拿捕され、抑留された日系人キャンプで出会い結婚している。
そんな歴史も、日本ではあまり知られず、人々の記憶から消え去ろうとしている。
そんな中、オーストラリアファンの、日本人のみんなが、現地ではクリスマスなどにも人気のバーベキューで集まろう!と、声をかけてくれた。
地球の南の端の島タスマニアに魅せられた人。中央アリススプリングスのアボリジニアートに心を寄せる人。オーストラリアのワインやビールの話をする人。オーストラリアで人気のスポーツ、クリケットについて熱く語ってくれる人。アボリジニの伝統楽器ディジリドゥを、地を這うエネルギーのように演奏してくれる人。。。。
日本に居ながらにして、豊かな自然と、おおらかな人々の国オーストラリアを、愛し楽しむ人がいる。
その空気の中にいれば、複雑な私の思いも、オーストラリアの風に乗ったように軽くなる。
ユーカリの葉の懐かしい匂いがしてくる。
私は誰なのかと問えば、日本人であって、日本人ではない。
この日本には、私のルーツの半分を、愛おしみ思いを馳せている人がいる。それが、なんだか嬉しい。
想いや体験を分け合う相手のいること、それが、一人の人間のアイデンティティを育てる。ひとりぼっちでいれば、人は人でなく、同じものを見る人がそばにいてこそ、私たちは人になる。
11月の秋の日。