母語で話すということ
オーストラリアで生まれ、英語で育った叔父が、大人になり来日。晩年日本で暮らしている。彼の国籍は、今もオーストラリアだが、日本での生活は、もう4〜50年になるはずだ。叔父は日本での生活にも慣れ、今は、ほぼ全ての会話を日本語で行なっている。
今、年老いた叔父の周りの日本人は、彼の認知症がかなり進んだ。とよく話している。私も、英語は第1言語ではないので、彼と話すときは、ほとんどが日本語だ。
数日前、その叔父の若い友人が「彼は、歳を取っても、あまりボケていないね。頭はしっかりしている!」と連絡してきた。私は、「え?他の人はみんな、おじがボケていると話しているのに?」と、その友人の話を不思議に思った。その人に「叔父と何語で話してる?」と尋ねると、「僕も母語が英語だから、英語で話しているけど、それがどうしたの?」と答えが返ってきた!
そうだ!!叔父は日本にいると、日本人に囲まれ、介護施設ででもどこでも、日本語で話さなければならない。だが、歳をとって、だんだんそれが億劫になり、日本語でどう話したらいいのかわからなくなってきているのだ!
確かに、それは衰えであり、言葉やコミュニケーションの力が落ちたとも言える。しかし、英語同士で話せば、ちゃんと、今まで通り話せる能力が残ってる!ということが、友人の話から伝わってきた。
彼は、叔父の母語である、英語のテンポのいい受け答えを聞いて、まだ、彼がボケていない。と、感じたのだ。そりゃそうだ。なんのフィルターもかけず、気軽に、自分の気分や感情と直結した言葉で話すのだ。これが自由でなくてなんなのだろうか。英語でのびのび話す時の叔父は、まだまだボケてないようだ!!
言葉は大事なもの。特に、年老いてからは、マザーランゲージという安心の環境で、自由に思いついたことを話せるかどうかは、人の幸福度に関わってくるように思う。
ここは、手話について書くブログなので、手話についても触れておきたい。ろうの高齢者も同様に、手話に囲まれた老後と、聞こえる人しかいない環境で暮らすのとでは、認知症などへの影響が大きく違うと言われる。
話し相手のない、ひとりぼっちの空間は、自分自身、自分の存在が見えづらく、孤独で不安になりがちだろう。年老いた時、母語である手話で周りの人とつながれることは、日々の楽しさや生きがいそのものでもあると、ろう者の人たちも、教えてくれている。
今では、全国に、聞こえない人専用の高齢者施設も増えた。そこには、聞こえない人同士、また、介護スタッフとも、たくさん手話で話せ、自分自身が生き、誰かと話していることが、ゆったりと感じられる空間がある。
英語が母語の叔父にとっても、全く同じことが、言えるのだと、私も改めて、自分の周りのさまざまな状況を、見つめ直している。
ドラマ「しずかちゃんとパパ」には、吉岡里帆ちゃん演ずる静(しずか)というCODAの女性が出てくる。
CODA(コーダ)とは、英語のChildren of Deaf Adult/s のこと。きこえない、又はきこえにくい親を持つ、聞こえる子供のことを指す。両親ともきこえなくても、どちらか一方の親だけがきこえなくても、また親がろう者でも難聴者でも、きこえる子どもはコーダと呼ばれる。
きこえない両親が手話を話せば、生まれた子も、手話を豊かに話すようになる。その子にとっては、手話が母語になる。母語とは、まさに母なる言語であり、自分の親との絆の証でもある。それは、わたしたちが、日本語を話す親のもとに育ち、日本語を当たり前に話しているのと同じだ。
私は、親兄弟で、それぞれ言語の違うファミリーに囲まれて暮らしている。英語も苦手だ。目の前で、身近な人々の「言語の違い」による様々な困難やユニークなエピソードが繰り広げられている。
暖かき生きた言葉でつながりあえるなら、それは日本語であれ手話であれ、人の心の元となり、その人の人生を支える。叔父にとっては、それが英語であり、彼の生まれた環境なのだと。そんなことも考えながら、このドラマに取り組ませてもらっている。
南瑠霞
撮影現場周辺は、木々が、春の訪れを告げています。