手話通訳士試験から読み解く、社会のやさしさ
令和7年度の手話通訳士試験も、申し込みが5月20日に締め切られ、学科試験が7月27日(日) 、実技試験が9月28日(日)と、発表されています。
受験される皆さんは、これから夏秋と、いろいろ試験勉強に忙しくなることと思います。大人になってからの試験は、仕事をしながら、家のことをしながら、子育てをしながら・・と、時間の合間を縫うようにスキマを見つけて準備をしなければいけないのも、大変ですね。
私もかつて、受験の時は、特に学科試験がニガテで一生懸命勉強したことを思い出します。ひとまず試験が大っ嫌い!な私は、1回落ちたらもうモチベーションはゼロ値。2度と!!試験など受けるチャンスは巡ってこない性格!なので、必ず!1回で!!合格しなければなりませんでした。(笑) 受験の申し込みをしたあとは、高校・大学受験以来の本気のモードで奮闘して、当日を迎えました。大汗
(その時の試験は、かけたヤマが2つも大当たり。しかも開始1分前まで見ていた参考書の最後に見たそのページまでもが出題される!というミラクルで、筆記試験は大成功となりました!!驚!! もしかしたら一生の運の大半は、この時使い果たしたかもしれません。汗笑)
さて今年の新春に発表された、手話通訳士試験の合格者は、1076名中 59名。合格率は、5.5%でした。
例年にも増して、合格率が低いのは、令和になり、実技試験の内容(特に「読み取り」通訳=ろうの方が表出した手話を、日本語で読み取る通訳)が、本格的なネイティブの日本手話を重視する傾向に大きく傾いたからだと私は思っています。
平成までの読み取り試験は、どちらかというと、全体の半分が、ろう者のネイティブな日本手話。もう一方は、日本語に沿った単語を表出する音声対応手話(日本語対応手話)または中間手話で、出題される傾向がありました。現在では、2問とも、ネイティブの、しかもしっかりと理論だった日本手話によるスピーチの読み取りへと、変わっています。
確かに考えてみれば、日本手話が読める人の大半は、日本語に即した音声対応手話を読み取れます。一方、音声対応手話に馴染んだ人にとって、独自の文法のある日本手話は、攻略に苦労します。
日本手話ができれば、手話通訳士としての一つのハードルを越えたということはできるかもしれません。そう考えると、試験でより日本手話が重視されるのも、自然なことなのでしょう。
新年も、そのハードルを越えた、59人が合格したということになります。
また、今回の試験で、ようやく20代の方の合格率が、ぐっと上がりました。これも、日本手話が重視され始めたことに、関係があると私は思っています。今まで、20代の方が、手話通訳士試験に挑戦すること自体が少なく、受験も40代50代の方が大半を占めていました。現在も、この層が全体に占める割合は多いと思いますが、今回合格した20代と、4~50代の方には、勉強の仕方に大きな違いがあります。
まず、大前提として、この春資格を取得された皆さんは、「日本手話」ができる!と認められて合格証書を受け取った方々です。その日本手話の習得環境について見ていくことが、今回の合格状況を読み解くヒントになるかと思います。
今回、40代50代で合格された方は、地元行政の講習会で育った人が多いと思います。これまで、日本語でつづられたテキストをもとに手話表現を学んで来られた層です。こうした方は、日本語に頼って手話を身に着け、日頃、音声対応手話や中間的手話を使用するケースが多くなる方もいると思います。(もちろん、地域によっては、ろう者の第一言語である日本手話を大事にし、そこから学習をスタートさせている地域もありますので、念のため。)。
そうした皆さんは、通訳者としていったん現場に出ると、ろうの方の手話が多種多様で、今まで覚えたものとは文法も違い「通じない」「伝えられない」という壁にぶつかることがよくあります。その場合、いったん手話を覚えた後で、地域のろう者にもまれ、経験の中から学びを得て、日本手話を身に着けていくことになります。この流れに沿うと、手話学習を始めて、日本手話の習得、通訳技術を磨き、試験に合格するには、5~10年がかかるケースもよくあります。20代で学び始めても合格は30代。30代で始めれば40代で合格。40代で始めれば、ようやく50代で手話通訳士になる計算です。これが、これまで20代の合格者が少なく、30代以上の方が多かった理由の一つでもあります。
この流れが、遅い・悪いということではなく、手話学習の歴史の中で、今40代50代の方は、非常に苦労されて日本手話を自分の力で身に着けてこられた経緯があるということです。この皆さんは、尊敬すべき重要な世代だということができるのです。
一方、今回の20代の合格者には、どんな意味があるのでしょうか?
まず、手話通訳士試験は、社会的経験や判断力が認められる20歳以上の人が、受験資格を持ちます。今は10代が受験することはないので、20代は最若年層です。この人たちが試験に合格するとなると、幼いころから手話をしていた人を除き、18歳くらいから勉強を始めたとして、学習歴2~3年で合格した人もいるかもしれません。25歳から始めれば、27~8歳の人もいるかもしれません。40~50代の人と比べ、短い期間で試験に合格していると考えることができます。
この人たちは、どうやって勉強したのか?ズバリ、最初から日本手話に重きを置き、ろう者から直接、日本手話そのものの指導を受けた人が大半ではないかと思います。
英語などでも同じですが、たくみに話せたりとっさの一言が言えるようになるには、日本語と比べながら学習するより、留学するなど直接英語の環境の中につかった方が、より早く身に付くと言われます。英語の発想自体も含め、体感をともなって、自然にわが身に入ってくるからです。
手話も同様に、まっさらな頭で、理屈抜きに(もちろん文法や理論などの勉強はすると思いますが。)手話を体感した人の方が、たやすく覚えられます。頭の中でいったん日本語に置き換えるなどという不要な回路を断ち、自然な言語としてネイティブな手話のあり方に触れることは、言語習得のハードルを、ぐっと低くするはずです。
今回合格した20代の人の多くは、最初から日本手話を学んだ人たちだと思われます。だから言語の習得率や理解も早く、日本手話重視の手話通訳士試験を、短い時間で突破できたのです。
これは、まさに時代の変化。
かつて聴者に合わせて、声付きの手話で語ることを求められたろう者の世界が、しっかりと言語としての「日本手話」のありかたを訴え、これが自分たちの言葉だと誇りを持って主張する世の中に代わり、それを聴者が理解しようとした結果が、手話通訳士試験で「日本手話」を重視することにつながったのだと、肌で感じます。
手話は言語。ろう者の第一言語は「日本手話」。それに、手話通訳士たちが、答えなければならない時代がやってきたのです。
手話通訳士試験に挑戦する皆さん。手話通訳士試験は、難しくなったのではありません。世の中が変わり、「本物の言語」に理解を寄せ、本当の意味でやさしくなり始めたのです。
手話をこれから学ぶ皆さんも、ろうの人の大事な言葉。手話。
友達になるため、いっしょに同じ町で暮らすため、ぜひ、手を動かし、情報に触れてみて下さい。
手話環境は時代とともに変わり、そして、今、私たちの目の前に、本物の言葉がやってきています。
生きたな文化や言葉が、私たちの目の前にあること、ぜひ、いっしょに学んでいきましょう。
ちなみに、この投稿は、中途失聴・難聴者のみなさんの、音声対応手話への思いをくじくものではありません。また別途、これについても、書かせてくださいね。
目で見る言葉に思いを寄せて。
2025年5月 手話通訳士600 南 瑠霞
※ 昨年度の手話通訳士試験のデータは、こちら
令和6年度 手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)結果